カテゴリー: 日曜見真会

「練成会」「日曜見真会」に参加して人生が好転 泉区 小山隆子

投稿日:2010年12月27日 カテゴリー:日曜見真会 真理の証し 神性開発宮城練成会

合掌 ありがとうございます。私は白鳩会の岡澤美佐子さんのご愛念で、数年前から講習会や誌友会に度々出させて頂いておりました。そして、平成19年8月の先祖供養の日に、入信させて頂きました。夫と、息子夫婦の孫(小六男児・年中組女児)との中で、他の人からみた理想像のように見えるのでしょうが、なぜか私の心の中は薄い霧がかかっている感じでした。

初めての参加の練成会。人を赦し、自分も赦す心、浄心行で長い人生の中でのこもごもの心を洗い流して頂き、神想観では左手が凍りつくようなしびれを覚えました。そして、先祖供養の大切さを学び、ようやく先祖供養の大切さに気づかせて頂いたのでございます。本当にようやく辿り着いた安堵の道でした。祈り合いの神想観での、我が力では及ばない愛念を皆さまから与えて頂く実践は、回を重ねる毎に、心から湧き上がる喜びとなって参りました。

話は息子の事になります。息子は以前からベーカリーの仕事に携わっておりまして、「いつかは自分の店を持ちたい」と願っておりました。それまでは「いろいろあるけれど条件が合わないんだよ」と言っておりました。そんな折、祈り合いの神想観で皆さまに祈って頂きますと、急転回しまして、今までの仕事を辞め、アルバイトについてもなかなか落ち着かず、やがてアルバイトを辞めて店舗さがしに専念いたしました。その状況が、不思議にも練成会に参加する毎に変わって参りました。学びのお陰で、「ルンペンとなりましても、良きことへのステップ」と心おだやかに待つことができました。「私は今、普遍なる神の内に生き、神の愛にとりまかれ護られているのである」との祈りの中で神の御前に跪き、あたたかな懐に抱かれているような思いで涙を流し帰宅しました。すると、その日「いいお店が見つかったよ」と息子からのうれしい報告がありました。

お陰さまで、昨年の四月に開店し、一周年を前に、テレビの「お取り寄せコーナー」にて紹介して頂きまして、今は皆さんに喜ばれております。これも一重に教化部で新生祈願と光のおとずれの広告を出し、祈って頂いているお陰です。

息子が自ら、天職と喜び携わらせて頂いておりますこと、嫁さんも息子に心を合わせて店を切り廻しております。私達夫婦の生まれ故郷であります信州の郷土料理のニラせんべいを、ナンの中に取り入れてのオリジナル製品がありますが、ご先祖さまが喜んでいる姿が浮かんで参ります。

十一月の、「日曜見真会」で” 喜びのメッセージ” を話しましたら、翌日から「七時半から開ると言って、嫁さんは早めに出掛ける毎日です。

息子達の開店と同時に、楽しみにしていた練成会にはなかなか参加出来なくなりましたが、日曜見真会や、先祖供養などには出来るだけ参加させて頂いております。

練成会に参加する度に、前進々々の兆しが現れること、又、日曜見真会、先祖供養祭等に心を向けさせて頂きますと、殊更に神の御加護を感じさせて頂けるこの頃でございます。「生長の家人」として加えられることが最高の幸せです。ありがとうございした。

再拝

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「主人の母へ感謝」  名取市 松村麻衣子さん

投稿日:2010年12月1日 カテゴリー:真理の証し 神性開発宮城練成会

平成22年11月13日(土) 神性開発宮城練成会「体験談」より

私は、今から15年位前に、主人の母から生長の家を伝えてもらいました。結婚後、当時は函館に住んでいました。主人はその頃、飛行機のパイロットの訓練生をしていまして、訓練に行き詰まった時期がありました。私は、そのことで母に困っているということで相談の電話をしました。母から、「生長の家があるから、行ってごらんなさい」と言われ、次の日、何も分からないまま函館の教化部に主人を連れて行き、教化部長先生に相談しました。すると、教化部長先生は主人に、「操縦桿に感謝してやってごらんなさい」とお話をして下さいました。

そして、主人は次の日からその通りやりましたら、「今まで何をしていたのか」と、教官に言われる位の変わりようで、全ての試験もうまく行き、飛行機のパイロットの試験に、全て合格しました。試験当日は、北海道は風が強く、珍しい位の良い天気に恵まれて試験を終えました。試験当時は、グループ会社の訓練コース入っていたので、そのまま普通に就職できるはずだったのですが、何故かそこから外れてしまい、就職浪人の時期がありました。その間2年位、試験に合格できなかった時期があり、私たちも生長の家から離れて、マイナスな生活が始まってしまっていました。

その頃、私の左目に影があり、近い所が見えない状態が出てきて、原因不明のまま眼科に行ったり、脳外科に行ったりしていました。病院に行っても原因がわからず、大学病院を紹介されて、大学病院に行ったところ、放置すると失明する可能性がある、脳腫瘍の疑いがある、など色々なことを言われ、死んでしまうかもしれないとも言われて、どうしようかと、主人と二人で落ち込んでいました。その時ふと生長の家を思い出し、その当時、函館教区から東京第二教区に移られていたのを思いだし、電話をしたら、「今、飛田給練成道場で、練成会が開かれているので、すぐ行きなさい」と言われ、翌日から、飛田給練成会に、10日間参加し、最終日が、ちょうど私の検査の日でしたので、道場から、精密検査をするために、大学病院に行きました。

精密検査の結果、何も異常が写らず、異常が見つかりませんでした。ただ、その後、「一時的に子供は授からない方が良いと」いうことを言われました。それから、私たちは夫婦で、生長の家の勉強を少しづつ始めました。そして、その年の飛田給道場で行われる(前総裁)谷口清超先生の御講演で、体験発表ということでお声をかけて戴きました。主人は、「俺は就職していないし、収入もない。本当に話していいのかなあ」という感じだったのですが、主人は素直に体験談をさせて戴いて帰宅しましたら、一年以上前から求職していた航空会社から「採用試験合格」の手紙が届き、無事就職することになりました。求職期間中は色々な事がありましたが、今振り返ると、その時期も無駄ではなかったということを二人で話します。その後、私の症状にも問題はなく、無事に子供も授かることができました。小学二年生になる男の子で、今、野球少年として頑張っています。

一昨年には、私に生長の家を伝えてくれた母が他界しました。母は胃がんで亡くなりました。母は、余命三ヶ月だと言われていたのですが、それから一年八ヶ月生きることができました。私たちは名取市に住んでいて、実家が神奈川にあって、私は毎月病院と検査に行っていたので、(母を)こちらに連れてこれないかと、考えていました。母と同居した方が良いのか、など色々考えていました。色々な病院に電話をし、最後には名取の病院にたどり着きました。そして、往診もしてくれる良い先生を見つけ、家に母を三週間だけ連れて来ることができました。車いす付きでの輸送など、手配をしていたにも関わらず、母は座れない状態になりました。民間の救急車を手配し、寝たまま名取のわが家に連れて来ました。それでも、母は元気で「来年は一緒に出かけようね」などと話しは盛り上がり、母と最期の善い時間を過ごすことができました。先生から預かっていた薬も、一度も使うこともなく、安らかに母は亡くなりました。「まだまだ、色々なことをしてあげれば良かったのではないか」など思いましたが、母が安らかに最期を迎えられて、善かったと、主人は言ってくれました。

そして、私の子供にも「おばあちゃん」の人格の素晴らしさを、共に過ごすことで伝えられて良かったと思います。生長の家を教えてくれた母に、心から感謝しています。ありがとうございます。  再拝

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