カテゴリー: 光のおとずれ

私の日時計日記 令和元年5月

投稿日:2019年5月10日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

人生に無駄無し!息子の就職決まる!
仙台市・加藤ゆう子さん

合掌 ありがとうございます。
長男は現在30 才、一緒に暮らしています。10 年前テレビの仕事がしたいと、東京赤坂のテレビ 番組制作会社へ入社しました。始めは、意気揚々 と仕事をしていたようですが、2 週に一度の収録 ・編集作業、再現ビデオ作成の為のロケ地への移 動などで、仕事場で仮眠をとることが日常だった そうです。ある日、息子の運転でロケ地に向かう 途中、事故を起こしてしまいました。居眠り運転 だったようです。連絡があった時は驚きました。 幸い「身体は大丈夫! 」との声に安堵しました。 あ!守られた!神様、御先祖様方ありがとうござ います。

離れて暮らしている息子を想わない日はありま せん。息子が元気で生きている姿を想うようにし ました。2 年でテレビの仕事を辞め、東京で仕事 を探すと言っていましたが、しばらくすると、ア パート管理会社からこちらに家賃請求がくるよう になりました。5 ヵ月間の滞納は痛手でした。何 とかしなくては、と考えていた時、東日本大震災 があったのです。夫は、「地元に仕事があるから 帰って来い」と、呼び寄せました。しかし、帰っ ては来たものの、一向に働く気配が無いのです。

( 次号へ続く)

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私の日時計日記 2019年4月

投稿日:2019年4月2日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

99歳の天寿を全うした母に心から感謝!
仙台市・白田悦子さん

合掌
北海道に生まれて、東京、茨城、仙台と様々な土 地で生き抜いて来た母。急なことでしたが、昨年末 父の月命日の日に安らかに旅立ちました。仙台に来て からは長崎の団参に4 回、伊勢神宮、松下村塾、軍艦 島、島原城や柳川への研修旅行にも参加出来ました。 妹夫婦との家族旅行では沖縄、福岡、広島、神戸、大 阪・・・大阪のアベノハルカス展望台からの夜景の美し さには感動して居りました。若い時母は病弱で入退院 をくり返していた頃、北海道の歌志内市で生長の家に 触れ、それからはとても元気になり自宅で誌友会を開 催して居りました。不思議な事ですが、一昨年の6 月 長崎総本山の団参で、東京第二教区の城下早苗さんと 60 年ぶりに( インタープリティション中) 奇跡的な 再会が出来たのです。先日母が亡くなったことを知り、 真心一杯のお手紙をくださいました。

 

『お母様が北海道の歌志内で蒔かれたたくさんの生 長の家の真理の種の一つぶは、母の心にしっかりと根 づき東京で根を下ろし、花を咲かせました。母も私も 子供達も、その家族も生長の家の御教えで救われて導 かれてきました。心から感謝申し上げます。ありがと うございました。・・・』とても嬉しく有難いお手紙を 母の仏前にお供えしました。99 歳の白寿を迎え実り 豊かな生涯を閉じた母、お手本のような生き方に改め て感謝合掌です。妹や私、主人には特別大きな声で”あ りがとう!”と握手してくれたあの手のぬくもりは宝 物です。母の人生に豊かな彩りを添えてくださいまし た皆々様へは心より御礼を申し上げます。誠にありが とうございました。

再拝

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私の日時計日記 平成31年3月

投稿日:2019年2月27日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

神様・ご先祖様に 導かれ研修会に参加!
名取市・相澤俊弘さん

合掌 ありがとうございます。 1/26( 土) ~ 27( 日) まで、1 泊2 日の日程で、大 阪教化部で開催された、「青年会幹部研修会」に参加 してまいりました。 今回は宮城教区からは私一人の参加で、人生初めて の飛行機・・・本当に大阪教化部に着けるのか不安にな り、行くかどうか悩んでいましたが、青年会の幹部と して成長するために、参加を決意させていただきまし た。 当日(1/26) は、雪が積もり飛行機が飛ぶかどうか わからない状態になりましたが、欠航にならず約一時 間半遅れで飛んだのです!関西空港から大阪教化部ま でも、迷うことなく開会式の10 分前に会場に着くこ とができました。神様・ご先祖様に導かれて行くこと ができたのだと思いました。 この幹部研修会では、「行動する」ことの大切さ、 「祝福の祈り」の大切さを学ぶことができ、充実した 幹部研修会となりました。 4 月29 日( 月・祝) には、「第71 回生長の家青年 会全国大会」、6 月9 日( 日) には、「講習会」が開 催されます。今回の幹部研修会で学んだことを活かし て「明るく・楽しく・元気よく」青年会の皆さんと協 力して推進をしてまいります。

再拝

 

幹部研修会に参加した青森の皆さんと

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私の日時計日記 平成31年2月

投稿日:2019年2月1日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

聖使命会員は素晴らしい!
美里町・日野清人さん

合掌、ありがとうございます。
生長の家に入信する以前、私はあることから、自殺 をしようとしたことがあります。それは知り合いの保証人となり、借金を苦に石巻工業港から、車ごと海に 飛び込もうとしたのでした。海に飛び込む寸前、車が エンストして止まったため、死ぬことはありませんでした。後に、皆様から「神様に助けていただいたんだ。」 と言われ、「生きてやらなければいけないことがある んだ。」と感じました。

しばらくして、別の知り合いから北海道行きに誘われ、行くことにしました。札幌に着いたら、「生長の家札幌教化部」に案内されました。そこで、幹部研修会が開催されており、研修会を受けることになりまし た。神想観が始まると、初めてで、見まねでしていると手足が痛く、終了時には立てなくなり、大変なところに来たなと後悔しました。2日目の朝の行事で、「大調和の神示」を読んでいると、「神に感謝しても父母 に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。」との言葉があり、父母はもちろん、すべての人に感謝が足りなかったと気付きました。帰ったら生長の家を一所懸命やろうと誓い、帰るとすぐ会員になり活動しました。

神想観をしているとある言葉を思い出しました。「人を変えるより、自分が変わればすべてが変わる。」自分が変わることで、しだいに家族も変わり、協力してくれるようになりました。生長の家は素晴らしく、聖使命会員にしていただいたことに、大変感謝しており ます。

今後も、生長の家の御教えに従い、人のためになるよう、生長の家の活動と、仕事とを行っていきます。 ありがとうございます。

再拝

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私の日時計日記 平成31年1月

投稿日:2018年12月27日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

結婚7年目に娘に子供が授かりました!
仙台市・S.Tさん

合掌 ありがとうございます。
娘が結婚して7年目にして、待ちに待った女の子供が 産まれました。

その間、不妊治療を受けてきました。その治療は、と ても辛いものらしく、私に訴えてきましたが、私はその 話を聞くだけで、何もしてやれませんでした。

昨年の事ですが、講習会の推進のため、教化部長先生 が、武内さん宅に来られました。部長先生のお話の中で、 「参加者の皆さんは、講習会に多くの友人・知人を誘っ て参加してください」と話しておられたその時に、船橋 に住んでいる娘から電話があり、「赤ちゃん出来ました」 と言う内容でした。私は、耳を疑いました。驚きと興奮 で、「講習会には、主人を連れて参加します」と嬉しさ のあまり言ってしまいました。これまでも聖使命会には、 私達夫婦と娘夫婦と神の子さんを入れておりました。

その後、朝の神想観では、娘の安産を祈り、聖経を誦 げていました。

そして迎えた講習会の当日夫は、仕事を休んで初めて 参加してくださいました。とても感動していて、また参 加したいと言ってくれました。

現在孫は、4ヵ月になり、名前を呼ぶと、声を出して ニコニコ笑うそうです。

私達夫婦もいろいろと大変な事がありましたが、生長 の家のお陰で、乗り越える事が出来ました。今は、とて も幸せです。

神想観、先祖供養の大切さ、両親に感謝、夫に中心帰 一など、これからも学びの中で実践し、新しい方に声が けをしていきたいと思います。

再拝

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私の日時計日記 平成30年12月

投稿日:2018年11月27日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

皆さんの祈りと愛念で病気、けが治る!
石巻市・髙橋澄江さん

合掌 ありがとうございます。
私は平成14 年2 月半ば、半月位、不眠に悩まされ、辛く苦しい時期を過ごしました。父の死と娘の離婚、孫との別れ、その強いストレスで、「強度のうつ病」との診断、 1 ヵ月入院。治療とリハビリに励みました。

2 度目は17 年、今度は「そう病」で入院、続けて肺炎 を起こし、他の病院に転院。そんな折、家が近く姉のよ うに慕っておりました故・阿形さんが、写経とお守りを届けてくださいました。ちぎり絵教室、母親学級、誌友会等、又、種々の相談にものっていただいておりました。 外出できない日々が続いた折は、毎日のように訪問され、 様子を見て行ってくださいました。主人も信頼しておりました。

平成20 年、娘が再婚、震災の12 月半ば、孫の死産に直面。3 度目の入院。25 年に女の孫誕生。楽々と命名。 二千グラムでした。29 年7 月末、娘の夫が千葉県で交通事故に合い、手術、リハビリと1 年間入院。でも下半身不随、車イス生活になりました。この時も誌友さん達か ら写経が届き、私も河口湖に1 年間祈願しました。娘が後日、現場の写真を警察から見せられ、命あるのが不思議な位の事故と話していました。社長さんが誠実で、よくしてくださり、本採用になっていた事が不幸中の幸いでした。今は自分で運転できるまで回復。この6 月、私 は市の胃ガン検査で異常との事。内科から日赤に紹介され、3 度目の胃カメラ検査診断。10月2 日の検査では、 患部がとても小さく、どこの部分を採取したらよいか不 明で、経過観察中。枕には写経と身には、飛田給のお守りをつけ、日々聖経読誦、神想観、先祖供養、支部長として務め、17 日の診断を待っています。人と事と物、両親、 主人に感謝し、明るく、楽しい日々を送ります。

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私の日時計日記 平成30年11月

投稿日:2018年11月6日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

7人目に女の子が誕生!5男2女の9 人の大家族に!
仙台市・Y.Nさん

合掌 ありがとうございます。
今年1月18日に我が家の7人目の神の子さんとなる 女の子が誕生しました。

7人の子供たちのうち、5人が男の子なので妊娠中から女の子だといいなあと思っていたのですが、生まれてから女の子だとわかると、家族みんながバンザイして大喜び致しました。予定日を過ぎてもお産の兆候はなく、 少し不安になっていました。産後は実家の母が手伝いにきてくれました。予定日から5日過ぎて母からは「必ずちょうどよいときに生まれてくるよ」と励まされました。 母が仙台に来れる日も、予定日が過ぎると聞いていたの で、「おばあちゃんがくるのを待っていたんだね」と笑って話していました。すると、お産は長男の私立の高校受 験の試験日の前日にちょうど退院のタイミングの出産になりました。長男がお母さんに見送られて受験したかっ たんだろうね、と思い「ちょうどよかったね」ということにまたなりました。生まれる前から空気が読める子だねえ、良い子だねえと、出産が予定日から過ぎてもなんの心配もすることがありませんでした。出産のときは神癒祈願を出しまして、陣痛が始まって1時間半でスーパー 安産で生まれました。びっくりしたのは、退院予定日の前日に五男がインフルエンザになってしまったので、心 配になり急遽退院することにしました。すると出産費用 が予定請求額より8万円も減って、お金の支払いもいくらかかるのか心配したのですが、準備したお金の範囲内で済んでほっとしました。生まれてすぐから女の子なので我が家のアイドルになり、赤ちゃんをだっこしようと嬉しいやら大変やら兄弟ゲンカが絶えません(笑) 頼もしいお兄ちゃんたちに囲まれながら、現在9カ月になり、 すくすくと大きく育っています。

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私の日時計日記 平成30年10月

投稿日:2018年10月5日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

生長の家のおかげで安心と喜びの毎日を!
大崎市・T.M さん

私が生長の家にふれたのは高校に入学した頃で、同じ高 校の同級生の阿部君と2 つ先輩の小松さんによってでし た。当時私は何か安心できるものを求めていた時期で、同じ農家で明るく思いやりのある3 年生の小松さんに誘われ 教化部に行ったり、東京での全国大会にも参加しました。 小松さんの同級生の小坂さんとお知り合いになったのはそ の頃です。小松さんは小坂さんを「小坂さんはおもしろくて優秀なんだ」と、いつも褒めていました。それから小坂 さんと長くお付き合いさせていただくことになります。

 

私はその後、東京の大学に進学、卒業後自転車保険や火 災、水害、盗難、地震保険を扱う損害保険会社に就職。神奈川での研修を終え仙台支店へ。その後中央支社へ。その 時結婚。家業の酒店も継ぐことになり、損害保険事務所を設立し、兼業の道を歩み今日に至っています。

 

真剣に取り組むようになったのは平成2 年頃からで、2 月に練成会に参加。そうしますと子供を授かりました。す でに結婚から4 年半が過ぎていましたので、喜びもひとしおでした。しかしその後、精神的に不安定になり、『生命の實相』を読み、神想観に励みました。また、商工会活動 や地区役員として愛行にも努めました。そうすると同じよ うな経験をした小野さん、そして米子先生にも御指導いた だき少しずつ回復しました。

 

振り返ってみますと大学の同級生の黒沢君とアルバイトのお金で、イギリス、ギリシャ、西ドイツ、東ドイツ、ス ウェーデンなどヨーロッパ、13 カ国をリュックを背負い 無事旅したこと。平成23 年の地震でほとんどのお客様に (地震保険をつけていただいていたので) 保険金が支払わ れ感謝されたこと。同じ高校出身の佐藤君が講習会や教区大会に参加してくれるようになったこと。生長の家のおかげで安心と喜びを得ることができ感謝している毎日です。

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私の日時計日記 平成30年9月

投稿日:2018年8月31日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

一日の終わりは『日時計日記』に感謝の言葉を!
白石市・O.Fさん

合掌 ありがとうございます。
白鳩会総裁谷口純子先生は、「日時計日記は書くことによっ て人生の設計図の役割を果たします。私達の人生は心で何を強く思うかによって決まります。日記には毎日の生活の楽し かったこと善かったこと、感動したことを書いて、イヤなこと悲しいことは書かないことにより人生の光明面を見る習慣が出来て明るい人生を送れるようになります」と、毎日書き続 けることを勧めてくださいました。 私もそのつもりで書き始めましたが、世界平和実現や日本 国繁栄、家族への希望のあと、一日の出来事を書いてしま う傾向がありました。それでも暗くなった内容の後は「きっと良くなるありがとうございます」の一筆は必ず記入するようにしました。

私の人生で劇的な変化といえば平成27 年1 月に主人が 病で霊界に旅立ったことです。その時は人生の道しるべとな る主人を失ったことで悲しみと不安ばかりでしたが、きっと霊界から私や娘を守ってくれると信じて「見守り導きありがとうございます」と書くようになりました。そしてどうしたら良いかと判断に迷う事物があっても、うまい具合に運ぶようになったと感じられるのです。日記にありがとうございますと感謝の一 文を書いて一日の終わりにしています。

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私の日時計日記 平成30年8月

投稿日:2018年8月11日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

『日時計日記』で娘が今年5月に入籍!
M・Mさん

合掌 ありがとうございます。
私が『日時計日記』を書く様になったのは、2016年から です。その前に聖経「四部経」が発行されないことになり、 事務局の方に「これからどうなるのですか?」と聞いた所、「神様の御心のままに」としか言いませんでした。私は「神様の 御心って何?」と思いました。

それから偶然、2014年1月の「日時計24」に “『日時計 日記』に書く予告編で生活が変わる “の体験談がありました。 “生長の家では、「神様の御心のままに」という言葉を大切にしています。それがないと「我の祈り」になってしまう。そし て『日時計日記』には日時計が太陽の輝く時刻のみを記するように、日常生活での良かったことや明るい出来事だけを 書き、その言葉の力で運命を良くしていく日記ですからどんど ん書いている。また、「神様の御心のままにすでにすべての 一切が四方八方万事好都合に大成功」と書き、『日時計日記』 を予告編みたいに使って、何か予定があるとそれが既にうま くいっている状態を具体的に文章にして、さいごに「大成功」 と書くと本当に素晴らしい結果につながる。出講する時にも、 2 ~ 3 日前に「出講が大成功」と書き、書くことで「神様と約束したから絶対大丈夫」という気持ちになれるのが一番大きいです。もし、書いた通りにならなくても「神様と約束したのだから、これでかえって良くなることにつながるんだ」と思っ て感謝することができるから、どんなことになってもありがた いと思う “と書いてありました。

私も「神様の御心のままにすでにすべての一切のものが、 四方八方万事好都合に大成功(大成就に変えて)」と書き、 子供の結婚について、既にふさわしい時期に、ふさわしい人と巡り会い、結婚しましたと書き続けました。誌友会で写経を初めて書き、願い事に「人類光明化運動」「自然と共に伸びる運動」と一緒に子供達のこともお願いしました。その年の暮れに娘からお付き合いしている人がいると聞き、驚きましたが、今年の 5 月に入籍することになりました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

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私の日時計日記 平成30年7月

投稿日:2018年7月10日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

『日時計日記』で第5子に男の子誕生!
M・Yさん

合掌 ありがとうございます。 私たち家族にとって昨年、嬉しい出来事がありました。そ れは第5 子となる、念願の男の子の誕生です。 私たちには長男、長女、次女、三女とおり、もう1 人できれば男の子が欲しいと思っていました。 『日時計日記』に、「素晴らしい男の子が産まれました。 ありがとうございます。」と、毎日毎日書き続けました。 そして、妊娠していることがわかると、すぐに、聖使命会に神の子赤ちゃんとして入会しました。まもなく、男の子だと分かると家族みんなで喜びました。 全て神様にお任せしていましたので、前置胎盤ではじめての帝王切開を経験しましたが、不安はあまりありませんでし た。大きい産声を上げて産まれてきてくれた時には嬉しくて、 有難くて涙が出ました。 そんな次男も、おかげさまで、現在8ヵ月となり、私たち夫婦、そして兄姉たちに溺愛されながらすくすく元気に育って おります。 生長の家の御教えに感謝しております。ありがとうございま す。

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私の日時計日記 平成30年6月

投稿日:2018年6月5日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

皆さんの祈りでヘルニアの手術が大成功!
仙台市 熊谷浩安さん

合掌 ありがとうございます。
私は、昨年9月に慢性の腰痛が悪化して、ヘルニアとなり入院して手術をすることになりました。私は生まれつき口が大きく開けないので、手術には条件がつきました。 全身麻酔で手術を行う際に、酸素吸入のチューブで試してみて、駄目だったら手術を延期するというものでした。 不安はあったものの、ヘルニアになってから今まで以上 に神想観等の行を実践し、前相愛会長のM・M さんに相談。その病院で手術を受けることに太鼓判を押してくださいましたので、二つ返事で手術の条件を受け入れま した。病院からは、そういうことであれば、前向きにチャ レンジするということでした。

手術当日、相愛会から頂いた『大調和の神示』の写経を手術室に持ち込み、神の御心のままにという気持ちで手術を受けました。結局、鼻から酸素吸入用チューブ が挿入され、全身麻酔の装置を口にあてがわれ、深い眠りに入り、目覚めた時にはこの厄介な手術はあっけなく終了していました。不思議なことに、痛み止めの点滴が外れても傷口の痛みは全くなく、術後半年を経過しても良好な状況で、以前同様に仕事をしています。

医師の技術もさることながら、ひとえに生長の家大神のご守護、相愛会員の皆様を始めとする多くの方々の祈りのお陰と感じております。皆様に感謝しつつ、これからも相愛会活動に邁進致します。有り難うございます。

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私の日時計日記 平成30年5月

投稿日:2018年4月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

改めて真理の深さを教えられた!
気仙沼市 O.Tさん

合掌 ありがとうございます。 「悩み、迷い」が起こった時、いつも先輩講師に「私の思 いを引っくり返して」と相談する私でした。確かに年数がか かっても心は安らぐし、いい方向に行くのです。 その先輩講 師も亡くなられ、途方に暮れていた一昨年の10月、市の健康診断で胃炎が見つかり、調子もよくなかったので、病院へ。 すると「『胃腺腫』なので、内視鏡で治療(手術) をした方 がいいですよ」と言われましたが、5月の中頃に治療をお願 いしました。その間練成会、誌友会これらで学んだ事「三正 行」など実行しているうちになんとなく不安も消え、いざ手術 台へと向かいました。全身麻酔し、目が覚めて先生が話さ れた事は「それらしきものがないんです。他の先生とも確認 したのですが、やはり、消えてますので明日退院してくださ い。3ヵ月後にもう一度検査しますから」と。私は、有頂天になり「さすが『生長の家』これでよし」とばかり行ずる事を忘れてしまいました。3ヵ月後の10月、病院での検査の 結果、先生に「見えましたので、すぐに治療します」そして、 医療保険に提出する為の診断書を見てがっかり。私は、これはきっと忙しくて先生の書き間違いだと勝手に思い込み、1 ヵ月後検査に行って、その事を先生に話したところ「間違いな いです。初期ですし、気にすることないんですよ」との言葉。 落ちこんで、家に帰ってからなんとなく「静思集」を開いたら、まるで私に問いかけているかの様に「真理で知る功徳と言うのは、肉體の病気の治ることでもなく、金の儲かることで もない。折角病気の治った肉體も結局は死ぬであろうし・・・。 」今までの私は、何だったのだろう。改めて真理の深さを知 らされました。気仙沼でもスカイプを通し講師の研修会に、 気軽に参加する事が出来、ありがたく感謝しております。これらの経験を通して、信仰をさらに深め、ひとりでも多くの方 に真理をお伝えしたいと思います。

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私の日時計日記 平成30年4月

投稿日:2018年3月31日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

我が家は最高!我が家は最高!
大崎市 A.Sさん

私が「生長の家」を知ったのは高校2年生の時です。 母親が45才で突然病に伏して長女の私が家族の面倒を見ることになりました。その時、父の知り合いのK.F さんより生長の家のお話を聞き、『生命の實相』『白鳩』 を読み会合にも参加するようになりました。

その内に父親も病気になり、私は東京へシャープ電気の社長さん宅へ女中奉公として働きました。心寂しさに何かにすがる思いで神誌を読み、益々生長の家が 好きになりました。その後女中奉公から、家業の食料品店の手伝いをするようになり、地元の誌友会、早朝神想観等にも参加しました。導かれるように結婚も致しました。

夢中で働き2度も大病をしましたが「病無し」と心 から神との一体感で聖経読誦と先祖供養に励んだものでした。現在は息子2人も大学を卒業し、長男は市内の病院に勤務し、心に描いた通りの嫁さんを迎えて、 孫3人もすくすく育っています。私もようやく安心する身になりました。生長の家の御教えを守り、明るい生活が本当に嬉しい限りです。喜びをかみしめながら 『日時計日記』を休まず書き10年目になるでしょうか。

不思議な位良いことが重なり、生活も安定して、家族円満です。「我家は最高! 我家は最高! 」と合掌して暮らしております。これも、「生長の家」の御教えを守り実行したおかげです。これからも皆さんにお伝えして参ります。

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私の日時計日記 平成30年3月

投稿日:2018年3月2日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

飛田給での幹部研修会に参加!
名取市 相澤俊弘さん

合掌 ありがとうございます。
1/13(土)~14(日) の1泊2日の日程で、飛田給本部 練成道場で開催された、「青年会幹部研修会」に参加して来ました。

研修会には、全国35教区から109名の幹部が集まりました。青年会事務局長を拝命してから、全教区が集まる幹部研修会への参加は初めての体験で、会場も飛田給なので行 くのは大変だと思いました。

しかし、青年会事務局長として成長するために行くことを決 意し、初めて新幹線の切符も取らせていただきました。また、 最初は宮城教区から私1人になるのではないかと思っておりましたが、なんと、櫻井真紀子光実議長が子供さん2人を 連れて参加することを決意してくださったのです。私もとても 嬉しくなり、とてもありがたいと感じました。

幹部研修会に参加した東北の皆さん

そして当日は、青森の委員長さんと待ち合わせもうまくで き、無事に飛田給に着くことができました。

私も幹部研修会では、青年会の事務局長としてのあり方などを学ぶことができ、参加して良かったと思いました。また、 帰りも新幹線に乗り遅れることなく予定通り宮城に帰ってくる ことができました。

4/30(月・振替休日) には、「青年会全国大会」が開催さ れるので、幹部研修会で学んだことを活かして「明るく・楽 しく・元気よく」多くの皆様に推進してまいります。

再拝

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私の日時計日記 平成30年2月

投稿日:2018年1月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

必要なときに必要なものが与えられる
岩沼市 長田 弘さん

合掌 ありがとうございます。
昨年2月、自動車の車検がありましたが、メンテナンスを含め車検費用に40万円掛かると整備会社から言われ ましたので、車検を断念し自家用車を廃車しました。

自家用車が無くなった後は、特に宮城県北部に出掛ける時などには、自転車や鉄道を利用し、誌友会や涌谷での夜間相愛会会員学習会に参加しておりました。

昨年11月には、雄勝誌友会の出講講師となりました。 雄勝誌友会は夜7時からの開催であり、鉄道で行くことは 出来ますが、帰りの列車が無く帰宅困難となるため、背水の陣を敷いて岩沼から石巻市の誌友会会場まで自転 車で行きました。

雄勝の相愛会長さんから、「寒いなか自転車で来るな んて、長田さん無理するなよ。」と驚かれ、また気遣いもいただきました。行きは6時間半で、開催時間の1時間前に着きましたが、帰りは7時間半ほど掛かり、自宅に着いたのは午前4時半頃でした。このときばかりは、やはり車が必要なのかな?と思いましたが,12月になりま して、中古の軽自動車を入手することが出来ました。必 要なときに、必要なものが与えられ、本当に有り難いこ とだと感じました。

二酸化炭素排出削減のため、車を利用しないことも大 切なことだと思っておりましたが、最低限必要と思われるときは、車を有効活用させていただくことも大切なことだと実感いたしました。

今後も、自然と調和していく生活を心掛けて、日々の 有り難みを感じながら自然を重視して、低炭素の生活の実践に邁進させていただきます。ありがとうございます。

再拝

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私の日時計日記 平成30年1月

投稿日:2017年12月28日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

東松島市 大橋みな子さん

合掌 ありがとうございます。
私の人生を振り返ると生長の家に縁がなかったらきっとみ じめな人生となっていただろうと思います。小さい時は体が 弱くやせていました。風邪気味ならすぐ寝かされていました。 というのも、弟と妹を1ヵ月の間に亡くしてしまい、長女の 私は過保護にされた気がします。取り越し苦労、持ち越し苦 労の性格になっていました。 高2の時、肺浸潤になり入院 しました。その時『白鳩』誌を見せていただいたのが生長 の家との出会いでした。内容もすばらしいものでしたが一番 記憶に残り、これ以後の人生を変えた言葉。それが『白鳩』 誌の最後の頁に入会のすすめという囲み枠の中の光明思想 を生活の基本として・・・、この”光明思想”という言葉が腹の底深く入りました。そして、これからの生活をこの思いで行 こうと思ったのでした。それからの事を箇条書きにすると

  1. 高2の時の病気が速やかに治ったこと。
  2. 主人との結婚(先祖供養をしました)
  3. 会社の帰り(夜)、後から来た男の人に田園の中に自転 車ごと倒され、お金を出せといわれ2万円程渡したこと(自分なりに原因がわかりました) 犯人を恨まず、命が奪われなかったことに感謝し、「実相円満完全」と唱えたことを憶えています。
  4. 主人の運転していたタンクローリーが横転しましたが、 主人には何の後遺症もなく、人身事故もなくすみました。
  5. 希望通りの家が与えられました。(売約済が解消され、2番目の私たちにということになり買えました)
  6. 東日本大震災の時、主人と一緒にいたのでとても安心で した。(家族バラバラの方達は大変でしたものね)

小さい時弱かった私がこうして長生きできていますのも、 本当に生長の家のお陰です。主人も家の前の畑が借りられ、 楽しく野菜作りをさせていただいてます。日々感謝して、この御教えを一人でも多くの方に伝えていきます。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年12月

投稿日:2017年12月12日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

長男家族が講習会に参加!
丸森町 伊藤照子さん

合掌 ありがとうございます。
あの大震災5日前の平成23年3月6日、 初めて宮城教区の行事に参加させて頂いたのが写経の集いと聖経十巻読誦です。それ以来ほとんど毎回参加させて頂いております。

宮城に移動して6年8ヵ月になります。22年11月末に主人が胃癌の手術、長男が既に妊娠している彼女を連れてお見舞いに!彼女は1人娘で福島県いわき市の方、お父さん が2歳の時に亡くなり、嫁ぎ先から実家に戻ったお母さんは、 地元福島県内からお婿さんと考えていたそうですから、結婚式まで時間が掛かりました。それでもなんとか式をあげ、彼女のお母さんの家から車で5分位の所に部屋を借り長男達は生活を始めました。ある朝彼女のお母さんから電話があり、 生長の家を御主人のお母さんがやっていてその為に皆が苦しめられた話を聞かされ、「娘は絶対に引き込まないでください釘をさしておきますから! 」と言われてしまいました。歪められて伝道された生長の家、悲しかったです。その日から、私自身の言動を見て頂こうと決心して努力しました。

今年3月5日、私が32年間お世話になった福島県で講習会がありました。なんとサブ会場がいわき市、長男家族を講習会に誘うチャンスが遂にやって来たと嬉しかったです。 『日時計日記』に毎日長男家族と講習会に参加出来ました。 ありがとうございました。と書き、実現出来ました。この講習会参加で長男は環境問題に、彼女は日時計主義の生き方に共感した事。神様、御先祖様に感謝しています。いつも大きな力が働いて導かれているのを感じています。ありがとうご ざいます。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年11月

投稿日:2017年11月2日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

聖使命会に入会、家族に恵まれわが家は天国!
仙台市  髙橋英恵さん

私は結婚を機に仙台へきて12年が経ちま す。それまでは札幌にいました。母が生長の家を信仰してい たこともあり、小学生のころから母と生長の家の行事があれ ば連れられて参加していましたが、自分から生長の家の真理 を学びたいと思い始めたのは中学二年生の冬季中学生練成会でした。そのころ宗教嫌いな私は練成会には絶対行きたくないと言っていましたが、その時ばかりは母親から5,000円 のお小遣いをあげるからという一言にのせられ、お金のため渋々参加した練成会でした。でも、その練成会が転機となり、 真理を語り合える素晴らしい友達や運営委員のみんなに出会い、今までに出会ったことのない人達、そして、真理のコト バによっていろいろな人との繋がりを持つことができました。 そのおかげで今の自分の人生がとても充実していることは間 違いありません。そんな中自分自身が大きく生長したときが 短大生のころ育成活動をさせてもらったことです。中高生のお世話活動をさせていただいている中で、中高生やほかの育成活動をしている仲間から今までにない新しい自分を引き 出してもらい、自分自身も大きく生長することができたことで した。そん頃育成活動を一緒にしていた今の主人と出会い結 婚することができました。

聖使命会費も学生の頃は母に納入してもらっていました が、社会人になってからは自分の聖使命会費は自分で取り扱うことにして、自分で働いたお金で毎月奉納することにしま した。そして、結婚してからは家族全員をはじめ、縁のある方を10 年以上毎月奉納しています。聖使命会費を自分で取り扱うことになってこれといって自分の身の回りに劇的な変化や体験があったということはないのですが、主人と出会い結婚が出来、かわいい三姉妹の子供達を授かり、5年前に建 てた新居にも住むことが出来ていること、毎日何不自由なく笑顔で幸せに生活できていることが今の私にとって一番の喜びであります。講習会まであと少し、最後まで祈りとともに推進活動頑張ります。

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喜びの聖使命会員 平成29年10月

投稿日:2017年9月28日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

亡き父の導きで二女がめでたく結婚!
仙台市  T.Tさん

私が生長の家にふれたのは、長男の病気がきっかけでした。私自身、長男の病院通いと家事の事などでとても疲れていました。

その時に、近所の Tさんから『白鳩』誌をいただきました。最初は、宗教の本だからと読んでいませんでした。しかし、その後、子供の病気のこと、家族のことを相談するようになりました。ある日の事、長男と一緒に昼寝をしていると不思議な夢を見ました。

兵隊さんや親戚が写っている古い白黒のアルバムが目の前に現れて、パラパラとページがめくられていくという奇妙な夢でした。目がさめると、すぐにTさんへ電話をかけて夢のことを話すと、「御先祖様があなたを通して供養して欲しいという何かの合図では」と言われました。その後、誌友会にも誘われ、先祖供養の仕方を教わり、自宅で供養するようになりました。「人間は神の子」すべての正しい宗教の根本真理は一つで、自分の家の先祖も大事にする教えに感動しました。その後、家族全員聖使命会員にならせていただきました。時間を決めて先祖供養をしていると、子供の病気もすっかり良くなってきました。

両親も生長の家を理解してくださり、母の病気をきっかけに、二人で飛田給練成会にも参加させていただきました。平成2年5月に母が亡くなり、平成27年10月には父が亡くなりました。父の介護を3年間自宅でさせていただきました。おむつ交換では、二女がよく手伝ってくれました。そして、父の告別式では二女が父の思い出を語りました。とても感動的でした。近所の方がその話を聞いて、是非うちの甥っ子に娘さんを紹介して欲しいと頼まれ、お付き合いが始まりました。なんと!今年の6月に無事結婚式をあげたのです。父が霊界で二人をめぐり逢わせてくれたのだと思います。

私は今、神想観で講習会参加の方々に祝福の祈りをさせていただいています。この祝福の輪が広がって、講習会に向けて「明るく、楽しく、元気よく」推進して参ります。

再拝

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