カテゴリー: 光のおとずれ

私の日時計日記 平成30年6月

投稿日:2018年6月5日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

皆さんの祈りでヘルニアの手術が大成功!
仙台市 熊谷浩安さん

合掌 ありがとうございます。
私は、昨年9月に慢性の腰痛が悪化して、ヘルニアとなり入院して手術をすることになりました。私は生まれつき口が大きく開けないので、手術には条件がつきました。 全身麻酔で手術を行う際に、酸素吸入のチューブで試してみて、駄目だったら手術を延期するというものでした。 不安はあったものの、ヘルニアになってから今まで以上 に神想観等の行を実践し、前相愛会長のM・M さんに相談。その病院で手術を受けることに太鼓判を押してくださいましたので、二つ返事で手術の条件を受け入れま した。病院からは、そういうことであれば、前向きにチャ レンジするということでした。

手術当日、相愛会から頂いた『大調和の神示』の写経を手術室に持ち込み、神の御心のままにという気持ちで手術を受けました。結局、鼻から酸素吸入用チューブ が挿入され、全身麻酔の装置を口にあてがわれ、深い眠りに入り、目覚めた時にはこの厄介な手術はあっけなく終了していました。不思議なことに、痛み止めの点滴が外れても傷口の痛みは全くなく、術後半年を経過しても良好な状況で、以前同様に仕事をしています。

医師の技術もさることながら、ひとえに生長の家大神のご守護、相愛会員の皆様を始めとする多くの方々の祈りのお陰と感じております。皆様に感謝しつつ、これからも相愛会活動に邁進致します。有り難うございます。

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私の日時計日記 平成30年5月

投稿日:2018年4月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

改めて真理の深さを教えられた!
気仙沼市 O.Tさん

合掌 ありがとうございます。 「悩み、迷い」が起こった時、いつも先輩講師に「私の思 いを引っくり返して」と相談する私でした。確かに年数がか かっても心は安らぐし、いい方向に行くのです。 その先輩講 師も亡くなられ、途方に暮れていた一昨年の10月、市の健康診断で胃炎が見つかり、調子もよくなかったので、病院へ。 すると「『胃腺腫』なので、内視鏡で治療(手術) をした方 がいいですよ」と言われましたが、5月の中頃に治療をお願 いしました。その間練成会、誌友会これらで学んだ事「三正 行」など実行しているうちになんとなく不安も消え、いざ手術 台へと向かいました。全身麻酔し、目が覚めて先生が話さ れた事は「それらしきものがないんです。他の先生とも確認 したのですが、やはり、消えてますので明日退院してくださ い。3ヵ月後にもう一度検査しますから」と。私は、有頂天になり「さすが『生長の家』これでよし」とばかり行ずる事を忘れてしまいました。3ヵ月後の10月、病院での検査の 結果、先生に「見えましたので、すぐに治療します」そして、 医療保険に提出する為の診断書を見てがっかり。私は、これはきっと忙しくて先生の書き間違いだと勝手に思い込み、1 ヵ月後検査に行って、その事を先生に話したところ「間違いな いです。初期ですし、気にすることないんですよ」との言葉。 落ちこんで、家に帰ってからなんとなく「静思集」を開いたら、まるで私に問いかけているかの様に「真理で知る功徳と言うのは、肉體の病気の治ることでもなく、金の儲かることで もない。折角病気の治った肉體も結局は死ぬであろうし・・・。 」今までの私は、何だったのだろう。改めて真理の深さを知 らされました。気仙沼でもスカイプを通し講師の研修会に、 気軽に参加する事が出来、ありがたく感謝しております。これらの経験を通して、信仰をさらに深め、ひとりでも多くの方 に真理をお伝えしたいと思います。

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私の日時計日記 平成30年4月

投稿日:2018年3月31日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

我が家は最高!我が家は最高!
大崎市 A.Sさん

私が「生長の家」を知ったのは高校2年生の時です。 母親が45才で突然病に伏して長女の私が家族の面倒を見ることになりました。その時、父の知り合いのK.F さんより生長の家のお話を聞き、『生命の實相』『白鳩』 を読み会合にも参加するようになりました。

その内に父親も病気になり、私は東京へシャープ電気の社長さん宅へ女中奉公として働きました。心寂しさに何かにすがる思いで神誌を読み、益々生長の家が 好きになりました。その後女中奉公から、家業の食料品店の手伝いをするようになり、地元の誌友会、早朝神想観等にも参加しました。導かれるように結婚も致しました。

夢中で働き2度も大病をしましたが「病無し」と心 から神との一体感で聖経読誦と先祖供養に励んだものでした。現在は息子2人も大学を卒業し、長男は市内の病院に勤務し、心に描いた通りの嫁さんを迎えて、 孫3人もすくすく育っています。私もようやく安心する身になりました。生長の家の御教えを守り、明るい生活が本当に嬉しい限りです。喜びをかみしめながら 『日時計日記』を休まず書き10年目になるでしょうか。

不思議な位良いことが重なり、生活も安定して、家族円満です。「我家は最高! 我家は最高! 」と合掌して暮らしております。これも、「生長の家」の御教えを守り実行したおかげです。これからも皆さんにお伝えして参ります。

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私の日時計日記 平成30年3月

投稿日:2018年3月2日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

飛田給での幹部研修会に参加!
名取市 相澤俊弘さん

合掌 ありがとうございます。
1/13(土)~14(日) の1泊2日の日程で、飛田給本部 練成道場で開催された、「青年会幹部研修会」に参加して来ました。

研修会には、全国35教区から109名の幹部が集まりました。青年会事務局長を拝命してから、全教区が集まる幹部研修会への参加は初めての体験で、会場も飛田給なので行 くのは大変だと思いました。

しかし、青年会事務局長として成長するために行くことを決 意し、初めて新幹線の切符も取らせていただきました。また、 最初は宮城教区から私1人になるのではないかと思っておりましたが、なんと、櫻井真紀子光実議長が子供さん2人を 連れて参加することを決意してくださったのです。私もとても 嬉しくなり、とてもありがたいと感じました。

幹部研修会に参加した東北の皆さん

そして当日は、青森の委員長さんと待ち合わせもうまくで き、無事に飛田給に着くことができました。

私も幹部研修会では、青年会の事務局長としてのあり方などを学ぶことができ、参加して良かったと思いました。また、 帰りも新幹線に乗り遅れることなく予定通り宮城に帰ってくる ことができました。

4/30(月・振替休日) には、「青年会全国大会」が開催さ れるので、幹部研修会で学んだことを活かして「明るく・楽 しく・元気よく」多くの皆様に推進してまいります。

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私の日時計日記 平成30年2月

投稿日:2018年1月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

必要なときに必要なものが与えられる
岩沼市 長田 弘さん

合掌 ありがとうございます。
昨年2月、自動車の車検がありましたが、メンテナンスを含め車検費用に40万円掛かると整備会社から言われ ましたので、車検を断念し自家用車を廃車しました。

自家用車が無くなった後は、特に宮城県北部に出掛ける時などには、自転車や鉄道を利用し、誌友会や涌谷での夜間相愛会会員学習会に参加しておりました。

昨年11月には、雄勝誌友会の出講講師となりました。 雄勝誌友会は夜7時からの開催であり、鉄道で行くことは 出来ますが、帰りの列車が無く帰宅困難となるため、背水の陣を敷いて岩沼から石巻市の誌友会会場まで自転 車で行きました。

雄勝の相愛会長さんから、「寒いなか自転車で来るな んて、長田さん無理するなよ。」と驚かれ、また気遣いもいただきました。行きは6時間半で、開催時間の1時間前に着きましたが、帰りは7時間半ほど掛かり、自宅に着いたのは午前4時半頃でした。このときばかりは、やはり車が必要なのかな?と思いましたが,12月になりま して、中古の軽自動車を入手することが出来ました。必 要なときに、必要なものが与えられ、本当に有り難いこ とだと感じました。

二酸化炭素排出削減のため、車を利用しないことも大 切なことだと思っておりましたが、最低限必要と思われるときは、車を有効活用させていただくことも大切なことだと実感いたしました。

今後も、自然と調和していく生活を心掛けて、日々の 有り難みを感じながら自然を重視して、低炭素の生活の実践に邁進させていただきます。ありがとうございます。

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私の日時計日記 平成30年1月

投稿日:2017年12月28日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

東松島市 大橋みな子さん

合掌 ありがとうございます。
私の人生を振り返ると生長の家に縁がなかったらきっとみ じめな人生となっていただろうと思います。小さい時は体が 弱くやせていました。風邪気味ならすぐ寝かされていました。 というのも、弟と妹を1ヵ月の間に亡くしてしまい、長女の 私は過保護にされた気がします。取り越し苦労、持ち越し苦 労の性格になっていました。 高2の時、肺浸潤になり入院 しました。その時『白鳩』誌を見せていただいたのが生長 の家との出会いでした。内容もすばらしいものでしたが一番 記憶に残り、これ以後の人生を変えた言葉。それが『白鳩』 誌の最後の頁に入会のすすめという囲み枠の中の光明思想 を生活の基本として・・・、この”光明思想”という言葉が腹の底深く入りました。そして、これからの生活をこの思いで行 こうと思ったのでした。それからの事を箇条書きにすると

  1. 高2の時の病気が速やかに治ったこと。
  2. 主人との結婚(先祖供養をしました)
  3. 会社の帰り(夜)、後から来た男の人に田園の中に自転 車ごと倒され、お金を出せといわれ2万円程渡したこと(自分なりに原因がわかりました) 犯人を恨まず、命が奪われなかったことに感謝し、「実相円満完全」と唱えたことを憶えています。
  4. 主人の運転していたタンクローリーが横転しましたが、 主人には何の後遺症もなく、人身事故もなくすみました。
  5. 希望通りの家が与えられました。(売約済が解消され、2番目の私たちにということになり買えました)
  6. 東日本大震災の時、主人と一緒にいたのでとても安心で した。(家族バラバラの方達は大変でしたものね)

小さい時弱かった私がこうして長生きできていますのも、 本当に生長の家のお陰です。主人も家の前の畑が借りられ、 楽しく野菜作りをさせていただいてます。日々感謝して、この御教えを一人でも多くの方に伝えていきます。

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喜びの聖使命会員 平成29年12月

投稿日:2017年12月12日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

長男家族が講習会に参加!
丸森町 伊藤照子さん

合掌 ありがとうございます。
あの大震災5日前の平成23年3月6日、 初めて宮城教区の行事に参加させて頂いたのが写経の集いと聖経十巻読誦です。それ以来ほとんど毎回参加させて頂いております。

宮城に移動して6年8ヵ月になります。22年11月末に主人が胃癌の手術、長男が既に妊娠している彼女を連れてお見舞いに!彼女は1人娘で福島県いわき市の方、お父さん が2歳の時に亡くなり、嫁ぎ先から実家に戻ったお母さんは、 地元福島県内からお婿さんと考えていたそうですから、結婚式まで時間が掛かりました。それでもなんとか式をあげ、彼女のお母さんの家から車で5分位の所に部屋を借り長男達は生活を始めました。ある朝彼女のお母さんから電話があり、 生長の家を御主人のお母さんがやっていてその為に皆が苦しめられた話を聞かされ、「娘は絶対に引き込まないでください釘をさしておきますから! 」と言われてしまいました。歪められて伝道された生長の家、悲しかったです。その日から、私自身の言動を見て頂こうと決心して努力しました。

今年3月5日、私が32年間お世話になった福島県で講習会がありました。なんとサブ会場がいわき市、長男家族を講習会に誘うチャンスが遂にやって来たと嬉しかったです。 『日時計日記』に毎日長男家族と講習会に参加出来ました。 ありがとうございました。と書き、実現出来ました。この講習会参加で長男は環境問題に、彼女は日時計主義の生き方に共感した事。神様、御先祖様に感謝しています。いつも大きな力が働いて導かれているのを感じています。ありがとうご ざいます。

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喜びの聖使命会員 平成29年11月

投稿日:2017年11月2日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

聖使命会に入会、家族に恵まれわが家は天国!
仙台市  髙橋英恵さん

私は結婚を機に仙台へきて12年が経ちま す。それまでは札幌にいました。母が生長の家を信仰してい たこともあり、小学生のころから母と生長の家の行事があれ ば連れられて参加していましたが、自分から生長の家の真理 を学びたいと思い始めたのは中学二年生の冬季中学生練成会でした。そのころ宗教嫌いな私は練成会には絶対行きたくないと言っていましたが、その時ばかりは母親から5,000円 のお小遣いをあげるからという一言にのせられ、お金のため渋々参加した練成会でした。でも、その練成会が転機となり、 真理を語り合える素晴らしい友達や運営委員のみんなに出会い、今までに出会ったことのない人達、そして、真理のコト バによっていろいろな人との繋がりを持つことができました。 そのおかげで今の自分の人生がとても充実していることは間 違いありません。そんな中自分自身が大きく生長したときが 短大生のころ育成活動をさせてもらったことです。中高生のお世話活動をさせていただいている中で、中高生やほかの育成活動をしている仲間から今までにない新しい自分を引き 出してもらい、自分自身も大きく生長することができたことで した。そん頃育成活動を一緒にしていた今の主人と出会い結 婚することができました。

聖使命会費も学生の頃は母に納入してもらっていました が、社会人になってからは自分の聖使命会費は自分で取り扱うことにして、自分で働いたお金で毎月奉納することにしま した。そして、結婚してからは家族全員をはじめ、縁のある方を10 年以上毎月奉納しています。聖使命会費を自分で取り扱うことになってこれといって自分の身の回りに劇的な変化や体験があったということはないのですが、主人と出会い結婚が出来、かわいい三姉妹の子供達を授かり、5年前に建 てた新居にも住むことが出来ていること、毎日何不自由なく笑顔で幸せに生活できていることが今の私にとって一番の喜びであります。講習会まであと少し、最後まで祈りとともに推進活動頑張ります。

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喜びの聖使命会員 平成29年10月

投稿日:2017年9月28日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

亡き父の導きで二女がめでたく結婚!
仙台市  T.Tさん

私が生長の家にふれたのは、長男の病気がきっかけでした。私自身、長男の病院通いと家事の事などでとても疲れていました。

その時に、近所の Tさんから『白鳩』誌をいただきました。最初は、宗教の本だからと読んでいませんでした。しかし、その後、子供の病気のこと、家族のことを相談するようになりました。ある日の事、長男と一緒に昼寝をしていると不思議な夢を見ました。

兵隊さんや親戚が写っている古い白黒のアルバムが目の前に現れて、パラパラとページがめくられていくという奇妙な夢でした。目がさめると、すぐにTさんへ電話をかけて夢のことを話すと、「御先祖様があなたを通して供養して欲しいという何かの合図では」と言われました。その後、誌友会にも誘われ、先祖供養の仕方を教わり、自宅で供養するようになりました。「人間は神の子」すべての正しい宗教の根本真理は一つで、自分の家の先祖も大事にする教えに感動しました。その後、家族全員聖使命会員にならせていただきました。時間を決めて先祖供養をしていると、子供の病気もすっかり良くなってきました。

両親も生長の家を理解してくださり、母の病気をきっかけに、二人で飛田給練成会にも参加させていただきました。平成2年5月に母が亡くなり、平成27年10月には父が亡くなりました。父の介護を3年間自宅でさせていただきました。おむつ交換では、二女がよく手伝ってくれました。そして、父の告別式では二女が父の思い出を語りました。とても感動的でした。近所の方がその話を聞いて、是非うちの甥っ子に娘さんを紹介して欲しいと頼まれ、お付き合いが始まりました。なんと!今年の6月に無事結婚式をあげたのです。父が霊界で二人をめぐり逢わせてくれたのだと思います。

私は今、神想観で講習会参加の方々に祝福の祈りをさせていただいています。この祝福の輪が広がって、講習会に向けて「明るく、楽しく、元気よく」推進して参ります。

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喜びの聖使命会員 平成29年9月

投稿日:2017年8月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

信仰を生活に生かす !
栗原市 熊谷正一郎さん

合掌 ありがとうございます。
この度私は、役員の定年制により栗 原市社会福祉協議会の理事職を退任 致しました。

77 才まで長い間社会福祉活動に尽力できたこと、役 職員はじめ地域の皆さんのご支援のおかげであると心から感謝すると供に厚く御礼申し上げます。

そして今日あるのは、生長の家の大神様の導きであり神様のみ心であると強く信じただ感謝です。そうだ、この喜びを、感謝の心を素直に教化部長先生に報告しよう。 妻と一緒に教化部へ車を走らせました。

そして、松田教化部長先生に、今回栗原市社会福祉協議会の二人目の顧問に推挙されたことをご報告させていただきました。顧問推戴式の様子が載った新聞、記念の写真集、式典次第等をご覧いただき、神様の導きであると心から感謝をこめてご報告致しました。

松田教化部長先生は満面の笑みで私達に握手を求 め、本当におめでとうございますと何度もうなづかれまし た。妻と二人三脚で生長の家の信仰に導かれ一心に聖 使命会員となって「三正行」を行じてきた証である。私は神様の心とひとつに結ばれている、神様のいのちが 私のいのちである。と心から信じることができるのです。

「推戴状 熊谷正一郎殿 あなたのご功績をたたえ、社会福祉法人栗原市社会福祉協議会の顧問に推戴いたします。 平成29 年6 月27 日 社会福祉法人栗原市社会福祉協議会会長 小林吉雄」

妻と一緒に式典に参列し、壇上で小林会長から顧問推戴の楯と顕彰状をいただき、役職員の皆様に盛大に祝賀会まで開催していただいたこと、身に余る光栄と感謝 の念でいっぱいです。

信仰を生活に生かすことの大切さをかみしめながら・・・ 追伸 私達は来年結婚五十年金婚を迎えます。幸せな 日々に感謝でいっぱいです。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年8月

投稿日:2017年7月27日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

女神と供に楽しき哉我が人生
仙台市 伊藤一郎さん

合掌 ありがとうございます。
熱心な信徒だった父の死後、宇治から来た永代供養者の 知らせで、聖使命会員を長く続けていると、こんな事がある んだと改めて知る事になりました。( ちなみに我が家の曹洞 宗では永平寺の永代供養は400 万円以上と言われていま す。) これはお金の問題ではなく、心のあり方、魂のつなが りだと思います。

そんな父のお陰で私は小学生の頃より聖使命会員だったと 思います。私自身と言えば人生山あり谷ありだったので、聖 使命会員も同様だったと思います。

生長の家に( 再登場) し、20 年以上前かな?相愛会の時、 聖使命対策部長の時に67 名( 現在は、家族中心で12 名)、 ちなみに霊宮聖使命、これは大事だと思いますよ! 46 名( 現 在は14 名)

この様な私( 神の子、光の子) ですが、今一番うれしい事、 喜びに満たされている事は、私の回りには”女神”がたくさ んいる事です。私にとっての”女神”は、うつくしき2 人の 娘です。2 人共すばらしい男性とめぐり会いそれぞれ2 人の 子宝に恵まれ、家事、育児に奮闘しております。そして20 年前に別れた妻( 今では、それぞれ自由な身で、メールの やりとり、子供を介して時々& ひんぱんに会っています。) 4人目が最高の”女神”です。4人目の孫で只1人の女の子”陽 菜子ちゃん”です(1 才9 ヵ月)「笑顔」が最高です。会うだけ、 観るだけで癒やされます。そんな孫たちもお腹の中では、護 持会員、オギャーとこの世に誕生したら什一会員です。 陽菜子ちゃんも宇治の永代供養ですよ!となる日まで、聖使 命会費の奉納を、よろこびをもって楽しく人生を歩んでいきま す。

おっと大切な事を忘れていました。昨年9 月に天界へ旅 立った愛する”母”です。永代供養となり、27 年前に旅立っ た父と楽しい会話をしていると思います。”女神”で我が家 の女王(Queen) です。

私の現在は、一人住まいの自由自在の気楽な身ですが、 毎朝、毎晩、”笑顔”の母の写真に向かって楽しい会話をし ています。この様な状態を創り出してくれているのは、聖使 命会費、霊宮聖使命会費をきちんと奉納できているからだ と思います。”感謝”"感謝”の日々をお陰で送っています。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年7月

投稿日:2017年6月26日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

御教えに守られて
大崎市 F.Tさん

合掌 ありがとうございます。
私は、親しくご近所付き合いをしていたF.K 様( 故人) か ら「F ちゃん、これ読んでみない」と手渡されたのが普及誌『白 鳩』です。愛行して頂いたことで「生長の家」を知ることが 出来ました。

幼い孫達に祖父は「なーんでも神様がみているからな! 」 と優しく諭してくれました。大好きなおじいさんでしたので忘 れずにいて、「神ってどこに? 」といつも考えていましたので、 白鳩誌を手にした時は思わず胸に抱き、自分が求めていた ものに出会えたような感動を思い出します。それから社会に 出て就職、そして結婚、子育て、そして郷里に帰ってからの 両親との生活にも何も無いことはありませんが、いつも私の 周囲に応援してくださる方がいる好都合な事があるのには不 思議に思いました。現在は両親を見送り、嫁として素晴らし い家族に縁を頂いたと心から思えるようになりました。

生長の家の御教えに守られて、第一のことを第一に「実相 」の真理研鑽に努めることの大切さを学びました。「与えよさ らば与えられん」。聖使命会員としての献資は”愛”を体現 する「行」の一歩ですね。

そういう私は、この頃降って湧いたように聖使命対策部長 を拝命することになりました。ともすると、マイナス言葉を出 しそうになりますが、皆様の協力があればこそと感謝してお 受けさせて頂きます。

又、6 月15 日よりの団体参拝練成会に行って参りました。 心を浄めて「講習会大成功! 」を祈り、宮城教区発展のため に力を合わせて笑顔笑顔にと・・・。どうぞよろしくお願い申し あげます。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年6月

投稿日:2017年5月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

自転車で “人間神の子無限力” を伝える!
岩沼市 長田 弘さん

合掌 ありがとうございます。
「光のおとずれ4月号」に、自転車で6時間かけて誌友会に参加された方のことが、編集後記に記載されておりました。 キーワードは、”O 職員”・”岩沼”。 な…なんと、私のこと が取り上げられているではありませんか。たいへん驚きましたが、話題にしていただいたこと、ありがたく思います。

自家用車を廃車したあと、どうしようかと考えておりました。 3月9日は南小泉と雄勝の誌友会開催日でした。ところが、 南小泉が次の日に開催が変更となり、雄勝誌友会に自転車で行くことを決意しました。午後1 時30 分に自宅を出て、「人間神の子無限力、無限力、無限力」と唱えながらペダルを踏んで、石巻市まで行きました。石巻赤十字病院前に午後7 時にたどり着き、誌友会には遅刻しましたが、参加出来ました。 誌友会に参加の皆さんが大変驚かれました。

相愛会長の生出さんは、驚きとともに、大変感動されてお りました。神様の計らいか、担当されていた講師は、仙台のK講師で、帰りは、車に自転車を積んでいただき、仙台まで、 乗せていただきました。ありがとうございます。仙台から岩沼まで自転車で帰宅しました。

他には、南方誌友会、高清水誌友会と、自転車で行きま した。とくに南方は3 月16 日でしたが、北風が強く逆風のため米山の道の駅まで7時間かかりました。今年の日めくり 16日の日訓が、「困難とたわむれ、努力を喜べ」でしたので、 日訓通りの実践をした一日となりました。

今後も、聖使命会員として自然と調和していく生活を心掛 けて、日々の有り難みを感じながら、一人でも多くの方にこ の尊い真理をお伝えする菩薩行を実践してまいります。あり がとうございます。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年5月

投稿日:2017年5月1日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

友人宅で誌友会を開催、聖使命会員にも入会し嬉しいことが続々 !
涌谷町 勝又ふみさん

合掌 ありがとうございます。
久しく我が家を会場に行ってきました誌友会でしたが、義母達年代の先輩方が相次いで引退なされたのを機に、同年代の私達でと決意を新たに、友人に声をかけ参加して頂く事 になりました。

その一人、Eさんは石巻市で震災に遭われ、 M町に新居を構えました。かねてより巡講して頂く講師の方 のためにも、会場が駅の近くが良いなーと思っていましたので、頼みついでに会場をお貸ししては頂けないかとお願いしましたら「あゝいいよ」と快く二つ返事を頂きました。

Eさんには、講習会、教区大会、練成会等にも参加して頂き、聖使命には長男さんと二人で入会して頂きました。

 

新居での誌友会で新年早々の1月、H講師の巡講の時、「仏壇が欲しいけど決めかねている」と話すと、早速、H講師のお世話で3月7日に新しい仏壇が入り、3月11日のご主人様の 七回忌の法要に間に合いました。

3月の誌友会にはK講師の先導で先祖供養祭まで行って頂きました。

なんと素晴らしい誌友会!神計らいとはまさにこの事!誌友さんの事とはいえ、私事のように嬉しく、熱く込み上げるものを感じました。

震災でかけがえのないご主人様と、全財産を失っても、持ち前の明るさと、素直に生長の家の真理を受け入れた彼女に神様からご褒美を頂いたのでしょうね。

心からEさんに祝福と感謝の気 持ちでいっぱいです!

これからも仲間の皆さんと共に、ひとりでも多くの方に素晴らしい生長の家の真理をお伝えして行き たいと思います。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年4月

投稿日:2017年3月30日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

妊娠したら子供を聖使命会員に !
仙台市 Y.Nさん

合掌 ありがとうございます。私は母のすすめで妊娠したらすぐ聖使命会員に入会してきました。

1人目の時から、ずっ とそうしてきました。私自身も母が私を妊娠したらすぐ聖使命会員にしてくれたそうです。

生まれたあとは、「お誕生おめで とう。」というお祝いの言葉の書かれた素敵なカードが届くのもとても嬉しく思います。

このようにして皆さんから我が子を祝福していただいてるんだなあと思いました。

 

聖使命会員になると毎日名前を呼ばれて聖経を読み上げてもらっていると聞きました。

経済的理由で一時期子供たちの聖使命会員を退会したこともありました。

退会しても一度聖使命会員になると会員の時と同じように名前を呼ばれて聖経をあげてもらっているということも聞きました。

会員ではないのに会員と同じように扱って下さっていることに驚きとありが たさを感じました。

 

現在は、子供たちの聖使命会員も復活しました。

子育てを していると色んな心配がつきまといますが、聖使命会員だといつも守られているという大きな安心感があります。

私自身がお腹の中から聖使命会員だったので、自分の子供も当たり前のように聖使命会員にしたということもありました。

当たり前に健康で元気に生活出来ているのも聖使命会員のお陰様だと思っています。

 

我が家は生命学園にも参加していますが、子供3人で参加料が月500円という格安で参加出来ます。

生命学園スタッフ の皆様の努力はもちろんですが、これも皆様の聖使命会費のお陰様なのだと思っています。

これからは自分がそうしてきたように、子供たちが自立しても、自分の聖使命会費を自分達の得た給料から納得して奉納してくれるように、み教えの素晴らしさを伝えられるような子育てをしていきたいと思っています。

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年3月

投稿日:2017年2月25日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

「大好きな生長の家に教えられた、当たり前が 素晴らしい!」
富谷市 千葉 満さん

わたしが生長の家に触れたのは、親が生長の家をやっていたわけでもなく、病気とか、大きな問題があるわけでもなく、 人間は何のために生きているのか? 本当の自分は何なんだ ろう? 死んで灰になって、お終いなんておかしいと思っていました。

それを教えてくれたのが生長の家でした。

平成元年 の4月に新しい職場に移った私は、職場の同僚からこれが実相だと言われて渡されたのが『生命の實相』でした。

私は 毎晩狂ったように『生命の實相』を夕方から真夜中まで読み、 これぞ本当の御教えだと思いました。

それから南小泉青年会の誌友会に誘われ、すぐに聖使命会に入会し、青年会活動に邁進するようになりました。

 

月日は流れ私は結婚し、2人の子供を持ちました。家族はもちろん聖使命会に入れさせて頂きました。

子供たちはグレルことなく、学校を卒業し、社会人になりました。家族は大きな病気などありませんでした。

至って平々凡々であり、いわゆる病気が治ったなどという奇跡はありません。

奇跡がなくても当たり前が非常にありがたいと思っています。

この御教えがあったからこそ、当たり前が素晴らしいと思えるようにな りました。

大好きな生長の家に出会って本当に良かったと思っています。

 

これからもずっと何があっても、家族の支えに感謝しつつ、 次世代のために、相愛会の仲間と相愛会活動に邁進してまいりたいと思います。

ありがとうございます。

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喜びの聖使命会員 平成29年2月

投稿日:2017年1月29日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

「我が子は聖使命菩薩」
名取市 伊藤 博 さん

合掌 ありがとうございます。
私が生長の家に触れたのは、親が生長の家を信仰していたので、子供の頃から自然と教えにふれ、高校生の頃は生長の家の本を愛読しこの教えと共に人生を歩んで行こうと思っていました。

その後、高校を出てから東京の大学へ行き卒業後、 東京の建設会社(ゼネコン)に就職しました。

バブル景気の時期でしたので仕事も忙しい中、仕事と並行して青年会にも入会し活動にも精を出していました。そんな中31才の時に結婚をして2人の子供にも恵まれました。

 

しかし、最初の男の子が生まれた時、生まれながらの腎臓のぼうこう機能障害と知能障害を合わせもって生まれました。

生まれて間もない頃から入退院を繰り返し15才の頃までに何回もの手術もしました。

家内も付添いで病院に泊り込んだり私も仕事帰りに病院に見舞いに行き随分と長い間、息子も病院生活をしていました。手術をするたびに息子にこんな痛い思いをさせてすまないと思い、家内もどうしてうちの子だけがと「私が子供の身代わりになりたい」と涙ながらに話すこともあり、子供のことで夫婦喧嘩をすることもたびたびでした。

そして今こそ生長の家の実践だと思い、神想観、聖経 読誦をして「我が子は神の子、実相円満完全、病気はない」 と真剣に祈り、聖使命にも入会しました。

その後は成長と共にだんだんと良くなり今ではオシッコの管を腰袋に入れてはいるものの元気に施設に勤めています。

 

生長の家では泌尿の病気は夫婦不調和が原因とも教えられています。我が子は身をもって夫婦調和の大切さを教えて くれる聖使命菩薩だったのです。

 

再拝

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喜びの聖使命会員 平成29年1月

投稿日:2016年12月27日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

み教えあればこそ今の幸せが!
仙台市 髙橋佳子 さん

私が生長の家にふれたのは、嫁姑問題で大変苦しんでいた時です。私ほど不幸な者はいないと心を暗くして悩み苦しんでいた時、ポストに入っていた白鳩誌によりご縁をいただき、誌友会に参加するようになり、聖使命会にも家族全員繋がることができました。4人の子供にも恵まれ、母親教室にも参加させていただきました。

しかし末の娘が6才の時、大きな病にかかり1年近く入院生活を送ることになり、その時はじめて『生命の実相』を真剣に読ませていただきました。今、目の前で病で苦 しんでいる子供の姿は仮のスガタ、そのどんな姿の奥にも完全円満なる神の子のいのちが宿っていて、何ものにも冒されない、病むことなき健康そのもののいのちが本当のいのちと教えられ、練成会に参加し、普及誌愛行、 聖経読誦、先祖供養、聖典拝読とやれる限りのことを必死でさせていただくうちに、みるみる病は消えていったのです。よろこびの退院もつかの間、主人が輸血によるC型肝炎で既に肝硬変、あと3年の命と宣言され、私は次々に襲われる苦難に只々神に全托することしかありませんでした。輸血により今迄30年生かされてきた事に感謝し、4人の子供達のいのちを残してくれた事に感謝し、平成6年夫を見送り、続けて義母を見送りました。

生長の家にふれて、人間神の子無限力、どんな困難も乗り越えられない問題はないと教えられ、4人の子供達にも何ものにもかえがたい心の財産として生長の家を子供達に伝えたく青少年練成会に参加させ、今は全員結 婚して4人それぞれの道を歩ませていただいております。

今年の10月、末の娘に赤ちゃんが産まれました。私には7人目の孫になります。産後の手伝いの為長崎に行って参りました。総本山に参拝し、奧津城にも何度と なく登らせていただき雅春先生にお礼を申し上げて参りました。このすばらしい生長の家があったからこそ今の幸せがあるのです。そして、この孫達の未来がすばらしい心豊かなものであるためにも、このすばらしい地球を、 すばらしい自然を、すばらしい環境を残していかなくて はなりません。自然と人間が一体の真理を多くの人々にお伝えし、神・自然・人間の大調和の世界をめざして 頑張って参りたいと思います。

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喜びの聖使命会員 平成28年12月

投稿日:2016年11月28日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

生長の家の教えで娘が ピアノの才能を開花、自宅で教室を開く!
仙台市 髙橋まり子 さん

(前号からの続き)
話は変わりますが、5年半前のあの東日本大震災で私の家も被害を受け、家を建て替 えました。前の家のローンもまだ残っていたため、どこの銀行からも借入が難しく、なかなか良い返事が頂けませんでした。ここは祈るしかないと心を決め、毎日神想観や聖経読誦をしていました。そんなある日、一番金利の安い銀行から話 が来て、貸して頂けるようになりました。

さらに、家には2頭の犬がいるため、建て替え中の引っ越し先が中々見つからず大変困っていた時にも、神に全託した結果、知り合いの方の広いお宅を貸して頂けることになりました。 いつも明るい心で良いことが来る良いことが来ると念じ、日時計主義で生活することが良い結果を生む方法だと実感しております。

平成24年7月に完成した、新しい我が家の屋根には、太陽光発電のパネル3キロワットを搭載しました。生長の家から、 多大なる補助金も頂きました。また、昨年秋には、庭の空いたスペースに娘がレッスン場を建てました。その屋根にも太陽光発電のパネル2.3キロワットを搭載しました。

また、ノーミートにも心がけながら、日々の食生活にも取り組んでおります。

我が家は、以前から、娘がアトピーだったこともあり、添加物や肉などあまり体に入れない生活をしてきました。その甲斐あって、娘はステロイド薬を使用することなく、アトピーとは思えないほど普通のきれいな肌であります。

昨年11月に、娘の2人目の妊娠を機に、12年間務めた会社を辞めました。不思議なことに、退職後2週間くらいたったあ る日、12年間ご無沙汰をしていました誌友さんから電話が入り、支部長を拝命することになりました。

今まで活動らしきことを何もしてこなかった私ですが、これから色々と勉強し、教えて頂きながら頑張ります。

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喜びの聖使命会員 平成28年11月

投稿日:2016年10月29日 カテゴリー:光のおとずれ 私の日時計日記

生長の家の教えで娘が ピアノの才能を開花、自宅で教室を開く!
仙台市 髙橋まり子 さん

主人と84歳の私の母、娘と孫2人の6人で暮らしており、 全員什一会員です。最初に生長の家に触れたのは平成6年、 大阪に居る妹から白鳩誌が送られてきたときからです。

最初は、聞いたこともない、怪しい宗教の本が送られてきたと思いました。

でも私と妹はとても仲が良い関係なので、とりあえず白鳩誌を読んでみることにしました。

読んでみると、人間は皆すばらしい神の子さんであると書かれていました。

これはとても良い考え方をする宗教だなと思い、少し興味を持ちました。その後、送られてきた様々な本を読むうちに、生長の家の御教えが本当にすばらしいものだと思うようになりました。

 

その頃、5歳からピアノを始めた娘が小学生になり、毎日2時間以上練習をしていました。

そして、いろいろなコンクー ルに出場しほぼ毎回入賞していました。

ところが、私は褒めるどころか、次はこうしなければもっと良い賞は取れないと、 ミスしたところや気になった所ばかりを指摘し娘に注意をしていました。

生長の家の御教えに触れてからは、意識して褒めることを心掛け、余計な口出しをしないようにしました。

そうするとピアノの練習も勉強も意欲的に励むようになりました。

娘が中学生になり、高校は東京の音楽高校に行きたいと云われました。

親としては、まだまだ子供と離れたくない感情を抑え、娘の無限の才能を信じて上京させました。

高校ではまじめにピアノと勉強をした娘は、大学生の入学時から、 無返済の奨学金を頂くことができました。

また、大学3年生の時に出場したコンクールでは、全国1位を頂きました。その後、 大学院を卒業し、東京で細々と演奏活動や子供たちのピアノ講師をしていた時に、縁あって結婚をしました。

 

長女が生まれ、3年前に家族を連れて仙台に戻って来ました。

そして現在、子育てをしながら自宅でピアノ教室を開き、 多くの子供たちにピアノを教えています。

生徒の募集は、私が手作りした看板を家の庭に立て掛け、さらに上り旗をたてま した。

今では30人を超える生徒さんが通ってきています。

私 はこの3年間、毎日、すばらしい神の子さんが、どんどんこ の教室に集まってくると祈ってきました。

また、演奏活動も再開し、2年前からリサイタルを開催して少しずつ演奏家としても活躍しております。

誌友さんにも毎回リサイタルに足を運んで頂き、とてもありがたいことです。

娘が今日あるのも、生長の家のおかげと、伝えてくれた妹に心から感謝しておりま す。

(次号へ続く)

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