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光のおとずれ 編集後記 令和元年12月

投稿日:2019年11月27日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年12月

★ 11/14 ~ 15、令和の御代の「大嘗祭( だいじ ょうさい)」が恙なく斎行されました。皇居東御苑 に建てられた「大嘗宮( だいじょうきゅう)」で、 身を浄め純白の御祭服をお召しになられた天皇陛下が、全国を代表した悠紀田( ゆきでん)・主基田 ( すきでん) の両斎田から収穫された新穀など、様々 な神饌を天照大御神を始め天神地祇にお供えし、 国家国民の安寧と五穀豊穣を祈られ、神様に捧げられた神饌を陛下ご自身も召し上がる儀式です。 過去戦国時代などの混乱期には、大嘗祭が221 年間中断した時期もあり、大嘗祭を挙行できなか った天皇は「半帝( はんてい)」と呼ばれたほど、 最も大切な「御一代一度」の重儀( じゅうぎ) と言 えます。実は、平成の御代の大嘗祭が中止の危機 にあったことを皆さんはご存知でしょうか。当時 政府は、宗教色のある大嘗祭は憲法の政教分離の 規定に違反する恐れがあるため、公費である「宮 廷費」からの支出はできないとの判断があったの です。しかし、昭和天皇のご平癒を祈って皇居前 に大勢の国民が列をなし、ご平癒祈願の記帳所が 全国に設置され署名が1千万人に達しました。そ れと共に、大嘗祭の伝統を守るべきとの請願署名 も6百万人に及んだとのことです。皇室を敬愛す る国民の声は政府を動かし、政府は大嘗祭を皇位 継承儀礼に伴う皇室の「公的行事」として、「宮廷 費」からその費用を支出することを決め、平成の 御代の大嘗祭が無事斎行されたのでした。

 

★大嘗祭は果たして皇室の私的行事なのでしょう か。天皇が天照大御神、天神地祇の神々に新穀を お供えし、国民を代表して五穀豊穣に感謝して国 家国民の安寧を祈られるのです。国と国民のため に祈られる天皇の祭祀が私的行事であるはずがあ りません。中には共産党のように、宗教色のある 大嘗祭は憲法の政教分離の原則に違反するとの理 由から、大嘗祭への参列をしない政党もあります が、あまりにも杓子定規の間違った解釈と言えま す。天皇の本質は「祈り」であり、天皇のお務め である宮中祭祀は年間20 数回に及びます。しか もその祈りの内容は国家の安泰、国民の幸福であ り決して私事ではないのです。だからこそ、歴代 の天皇を国民は敬愛し支えて来たのであり、天皇 と国民が共に歩み長い歴史を紡いできたのが日本 なのです。祈りこそ天皇の本質的、伝統的役割で あるとの日本の国柄を踏まえた解釈をしなくては、 日本の憲法とは言えません。ともあれ、令和の御 代の大嘗祭が恙なく斎行され、今上陛下が名実共 に第126 代天皇となられましたことを心よりお慶 び申し上げます。令和元年も間もなく終わろうと していますが、来年も神様に祝福された素晴らし い年となることをご祈念申し上げます。( T )

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光のおとずれ 編集後記 令和元年11月

投稿日:2019年11月1日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年11月

★ 10/12 日本列島を直撃した台風19 号は記録 的な大雨を降らせ、全国各地に甚大な被害をもた らしました。宮城県でも阿武隈川や吉田川、七北 田川など多くの河川が増水し決壊して、丸森、角田、 鹿島台、大郷、多賀城など県内各地で多くの家や 田畑が浸水しました。18 日現在も丸森町では断水 が続く中、被災地では懸命な復旧活動が続いてい ます。宮城教区でも信徒様宅の復旧支援のために、 教化部職員を中心に相白青の有志による「支援チ ーム」を編成、支援活動を開始しました。又、白 鳩会では支援物資の募集を呼びかけ、随時支援物 資を被災地に届ける手配を開始しました。

 

★そのような中でも神様に護られた話がありまし た。丸森町の伊藤照子さん宅では、裏山の杉の大 木が家の屋根に倒れ屋根を直撃しましたが、その 他の木は家を逸れるようにして倒れ、まるで家を 避けてくれたようだったとのことでした。屋根に 倒れた木も、照子さんによるとちょうどその下に 神棚があり、「神様が屋根を支えてくれた」と言わ れていました。その木も17 日に森林組合の人達 が来て重機で取り除いてくれ、18 日には大工さん が屋根にブルーシートを敷いてくれることになり、 19 日に大雨が降る予報になっていたので雨漏りに ならずにすみ〝万事好都合〟だったとのことでした。

 

★丸森町の古川則子さんの家は川の土手のすぐそ ばにありましたが、川上にあった橋に流木が引っ かかりそこで川が堰き止められ、左右に水が溢れ 出して付近一帯に流れ込み、古川さんの家も浸水 したとのことでした。当日は避難指示も無かった ため家にいたそうですが、突如水が家に押し寄せ 床上40 ㎝まで浸水したそうです。後で御主人か ら聞いた話ですが、区長をしている関係で御主人 が川上の部落を見回りに行ったそうですが、暗い 夜道で激しい雨のため途中で引き返し家に戻った そうです。その直後に川が溢れ浸水したので、そ のまま見回りを続けていたら今頃流されて生きて はいなかったと言われていました。事実、川上の 部落では5軒が家ごと流されたそうです。まさに 〝危機一髪〟のところで救われました。

 

★小生の長男は名取の箱塚に住んでいますが、12 日の夜嫁さんから家内にSOS の電話が入りまし た。近くの川が氾濫して家の玄関まで水が迫って 来ているとのことでした。長男は招集されて自衛 隊にいたので嫁さんと孫2人しかいないとのこと。 助けようにも道路が冠水し家の周りは浸水してい るため近づくことすらできない状況でした。家内 は水を袋に入れて土嚢替わりに玄関に並べるよう に指示していました。翌日早々に長男宅に行きま したが、近所の方々が総出で家や道路の泥掻きを している最中でした。見ると玄関ぎりぎりで水が 止まり床上浸水を免れました。業者の方が見に来 て「ここで止まったのは奇蹟だ! 」と言っていた そうです。神様に護られました!感謝!

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光のおとずれ 編集後記 令和元年10月

投稿日:2019年9月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年10月

★ 10/22( 火)「即位礼正殿の儀」が執り行われ ます。天皇陛下が第126代の天皇としてご即位 されたことを、改めて国内外に宣明される慶賀こ の上ない日です。天皇陛下のご即位を心よりお祝 い申し上げます。ウクライナの国際政治学者で日 本研究者のグレンコ・アンドリュー氏も、日本の 皇室を尊敬し敬愛してやまない一人です。氏は 『WILL』6 月号で「私は日本の皇室のことを知っ てから、一貫して〝畏敬〟と〝憧れ〟を感じてい ます。日本の皇室ほど尊い存在はありません。な ぜ、日本の皇室は尊いのか。『長く続いているか ら』ではありません。因果関係は逆です。尊いか らこそ長く続いている。皇室が長く続いているこ とは、尊さの『理由』ではなく『証拠』なのです」 と、長さの本質を見事に指摘しています。それで は、その尊さはどこから来るのか。「長い歴史の中 で神々の意思に沿ったものが残り、そうでないも のが消え去りました。尊いものが残り、そうでな いものが消える。単純明快な法則です。だからこそ、 日本の皇室は、世界で最も尊い存在の一つと言え るでしょう。」 と、日本は神の意思によって建国さ れた国だから尊いのだと述べているのです。驚き ました。『新版菩薩は何を為すべきか』P38 に何 と書いてあるか。「その〝中心帰一理念〟と云うも のが、現象界に天降ってきて自然に中心帰一国家 を最も理想的に形成したのが日本国でありますか ら、日本の国家は〝宇宙真理〟即ち〝神様の御心〟 の地上顕現の最も純粋であり、最も高き形態とし ての国家であるといい得るのであります。」氏は生 長の家で説く宇宙の真理=中心帰一理念を見事に 把握し、日本国の尊さを確信しているのでした。

 

★氏は日本国民にも箴言しています。「近年、皇室 を語る多くの識者は、皇室を守るという観点から ではなく、『国民が納得するかどうか』という不敬 な言説を展開しています。皇室のあり方について は皇族の方々が決定すべきであり、臣民である日 本人は皇室を守るという一心で動き、皇族の方々 のご意思に従うべきなのです。その上で、皇室を 守るためにGHQによって皇籍から離脱させられ た11宮家を、皇籍に戻すべきです。…11宮家 が皇室に復帰されれば、皇位継承問題はなくなり、 日本の国体が守られます。そして、女性、女系天 皇といった伝統破壊にもなりません。終始どうす れば皇室、皇統を守れるのかという一点に専念し なければなりません。それは臣民である日本人の 大きな役割なのです。」ご即位の礼に当たり、こ れからも皇室が千代に八千代に続いていくために、 刮目すべき至言であると思った次第です。

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光のおとずれ 編集後記 令和元年9月

投稿日:2019年8月29日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年9月

★3年に一度の役員改選により9/1から各組織 の会長・委員長が交替することになりました。会長・ 委員長は組織の代表者であると共に、教化部の責 任役員( 幹事) でもあります。特にこれまで、2期 6年に渡り教化部の財政再建のために心血を注い で下さいました責任役員の皆様には、心より感謝 申し上げます。責任役員会を内閣に例えるならば、 この6年は「財政再建内閣」とでも命名できるよ うな役員会でした。毎年聖使命会費が右肩下がり に減少して行く中で、如何にして教化部財政を維 持していくのか、赤字を減らしていくのか、毎月 の責任役員会での主な議題はそんなことばかりで、 毎月毎月頭を悩まされた役員の皆様には、本当に 苦労の絶えない6年間ではなかったかと思います。

 

★平成28年度には「宮城県教化部財政健全化計 画」が次々と断行され、自家用車の交通費は1キ ロ30円から10円に削減。祭祀用の供花は2万 円から1万円に削減。各種会議のお弁当は手弁当 に。誓願券・霊牌・人型の組織助成金は250円 から100円に、35円が15円に、50円が 20円にそれぞれ削減。そして、29年度の講習 会の組織配分費は無しにすることも飲んで頂きま した。まさに身を切る改革であり、組織も教化部 も削減できるものは全て削減し、最終的には職員 の人件費も削減の対象となりました。その結果、 26年度の支出が935万円だったものが28年 度は733万円に、30年度は660万円まで削 減し4年間で275万円も支出を減らすことがで きたのです。人間で言えば93㎏の体重を66㎏ までダイエットに成功し、肥満から健康体になる ことができたのです。この身を切る改革が断行で きたのは、偏に今回退任される責任役員の皆様の お陰であり、このメンバーでなければ成し得なか ったことだったと思います。

 

★8/2が任期中最後の責任役員会となりました が、令和元年6月度の月次決算の報告が、ナント 久しぶりの黒字決算となったのです。しかも、聖 使命献資収入が前年同月比よりもプラスになって いました。この6年間毎年右肩下がりに減少し、 常に前年同月比でマイナスになっていた聖使命献 資収入が初めてプラスとなっていました。思わず 役員の皆様から拍手が起こったほどです。それも これも、今年度の当初より聖使命会費を増収・増 口するために相白が研修会を開催し、拡大してき た結果の賜物です。日本経済のデフレと同じく、 生長の家の聖使命会員も減少することが当たり前、 となっていましたが、それは決して当たり前では なく増やすことができることを、宮城教区で示し ていこうと始めた聖使命会員拡大運動。その事に 果敢に挑戦して下さったのも今回退任される役員 の皆様でした。教化部財政の健全化にご尽力下さ いました責任役員の皆様、本当にありがとうござ いました。そして、お疲れ様でした。皆様の今後益々 のご活躍をお祈り申し上げます。

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光のおとずれ 編集後記 令和元年8月

投稿日:2019年7月31日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年8月

★7月に開催された「第353 回宮城練成会」は、 全日参加者が10名もいて大変盛り上がった練成会となりました。その中に、36年ぶりに練成会 に参加したJ・Tちゃんもいました。塩竈で白鳩会活動に活躍された千葉律子先生の娘さんで、今はフルートの演奏家として活躍されている方です。 練成会終了後、そのJ・Tちゃんから感謝の手紙 が届きました。神様の御許に帰って来た喜びが伝 わってくる内容でしたので、ご本人承諾を得て一 部紹介させて頂きます。

 

★昨日までの練成会を終え、家に戻り再び『生命 の實相』を拝読しておりますと、練成会での感動に加え、改めて永遠に変わらない真理、「人間は神 の子無限力」であるという素晴らしい真理を体得させて頂いている事に、ただひたすら感謝してお ります。…朝から晩まで美しい真理の言葉で充満 している練成会に、ただ感謝するばかりです。こ の状態が現象世界にも現れ、実相世界がこの地球 に顕現できたらどんなに素晴らしい事であるか、 光に満ち溢れ、笑顔に満ち溢れ、美しい言葉に満 ち溢れ、『甘露の法雨』に記されているとおりの世 界にこの現象世界が変わったら、どんなにか平和 で素晴らしい事か。…『生命の實相』に、「この宇 宙はコトバで造られている。コトバで造られてい ますから、宇宙に鳴り渡っているコトバを浄めれ ば宇宙は浄まるのであります。」と記されてあった ので、本当に涙が溢れ「神様ありがとうございます。 神様ありがとうございます。」と号泣しました。… 介護やら近所の方々やら、ハチャメチャな状態で 過ごしていましたが、やっとの思いでこの真理に 立ち帰りました。それもこれも兄が相愛会費を納 めていなかったために教化部に連絡する事となり、 その時に練成会や先祖供養の事を教えて頂いたか らこその参加でした。兄を通してご先祖様が私に シグナルを送って下さったのだと、やっと気がつ くことができました。どうして今まで気付かなか ったのか、きっと今が最も相応しい時だったのだ と全て前向きに捉え、兎にも角にも毎日、朝に夕 に神想観とご先祖供養をさせて頂く所存でありま す。…いつも変わらず「あらーJ ちゃん」と言っ て迎えて下さり本当にありがとうございます。そ のJ・Tちゃんも52歳となりフルート奏者と生 長しました。行事に参加できる際は楽器を持参し 演奏しますのでどうぞお知らせください。勿論ボ ランティアでございます。…再拝 J・T

 

★ご先祖様のシグナルに気付いて練成会に参加した純子ちゃん。「一人出家すれば九族天に生まる」 の聖句どおり、千葉家の益々の繁栄と安泰を確信 した次第です。8/10は「盂蘭盆供養大祭霊牌 奉送祭」があります。ご先祖様のシグナルを見逃 さず報恩感謝のご供養を致しましょう。

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光のおとずれ 編集後記 令和元年7月

投稿日:2019年6月28日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年7月

★6/9( 日)「講習会」が無事終了致しました。 この日のために推進や祈願、準備や運営に携わっ てくださった皆様に心より感謝申し上げます。宮城教区はサブ会場とは言え「楽楽楽ホール」と「 教化部」の2会場の開催となり、2倍の準備と2 倍の労力、2倍の神経を使うことになりましたが、 皆様のご協力と神様の導きにより無事開催するこ とができました。一番心配したのは天候でした。 教化部会場は車を利用する受講者のために、臨時 の駐車場を4ヵ所借りましたが、1ヵ所は元々畑 だったために雨が降るとぬかるみになり使用でき ない可能性がありました。そうなると参加者の車 が入りきれない恐れがあるため、雨が降らないこ とを祈っていました。しかし、天気予報は無情にも前々日から雨マーク、当日は曇りの予報。前日 に雨が降れば当日はぬかるみになることは間違い ありません。ところがミラクルが起きたのです。 前々日から降っていた雨が、前日の午後には晴れ て太陽が出ました。そして、当日は晴れて日も差 し4ヵ所の臨時駐車場は全て使用することができ たのです。後で聞いた話しですが、ぬかるみにな る駐車場には11台が止まり、他の3ヵ所も満車。 教化部の駐車場には残り3台分しか空きが無くギ リギリだったとのことでした。まさに神業でした。

 

★楽楽楽ホール会場で心配だったのは、昼食会場 でした。ホール内での飲食はできないため、1階 2階のロビーと親子室にブルーシートを敷いて対 応することにしました。しかし、果たして500 人ほどの受講者が全員座ることができるのか、座 れない方々が帰ってしまわないか心配でした。唯々 うまくいくことだけを祈っていました。そしたら ここでもミラクルが起きたのです。1階2階とも ブルーシートの昼食会場はほどよい数の受講者が 座り、親子室の昼食会場もほどよい受講者で和や かにお昼を食べていました。ロビーにあるテーブ ルを囲んで立食されている方々もいました。又、 晴れて気持ちの良い天気だったので、会場の外の ベンチで楽しそうに食事を取る受講者の姿も見ら れました。結果的に昼食会場も無事クリアするこ とができたのです。これも神業でした。

 

★他にも教化部に300人入ったら暑くてエアコ ンがパンクするのではないか、教化部前のバスの 乗り降りや車の出入りで事故が起きないか等、不 安材料はたくさんありましたがそれらも全てクリ アされました。考えてみれば、1/20の「講習 会受講券奉戴式」より毎日「講習会大盛会実現の 祈り」が、教化部は元より各家々や誌友会場で実 修されていたのです。つまり「神意( みこころ) の 天に成る世界、既に地に成就せり」と繰り返し繰 り返し祈られていたのです。それが6/9の講習 会当日に実現したということでしょう。「祈りは必 ず実現する」ましてや「集団の祈りは予報をも覆 す」そのことを実感した一日となりました。

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光のおとずれ 編集後記 令和元年6月

投稿日:2019年5月31日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年6月

★5月号で天皇陛下の「水問題」を紹介しました が、そしたら何と『いのちの環』5月号の特集が「 世界の水問題」でした。陛下が21世紀を”水の 世紀”と言われていましたが、『いのちの環』を読 んで改めてその意味が理解できました。世界経済 フォーラムで報告された「2050 年問題」の4番 目のリスクが水問題で、「2050 年には10 人に4 人は水が得られなくなる」という大変ショッキン グな報告でした。”地球は水の惑星”と言われる程 宇宙から見ると青く見えますが、実は地球の97.5 %は海水で、残りわずか2.5%が淡水なのです。 そのわずかな水を75億の人類と地球上の生物が 使用しているということです。しかし、世界の人 口は2025年には81億人に増加すると言われ、 それに比例して今後50年間に水の使用量は2倍 近くに増えると予測され、深刻な水不足になるこ とが懸念されているのです。この水問題を陛下は どのようにして解決されようと考えられたのか。   ★ 「第8回世界水フォーラム」での講演で陛下が 注目されたのが地球の「循環」でした。5月号で 紹介しましたが、南米のアマゾンとアフリカのサ ハラという真逆の位置にある地域が実は密接に関 わっていたという発見です。アマゾン流域にアフ リカのサハラから舞い上げられたリンを含む大量 の砂が、大気の大循環に乗って飛び、大西洋を渡 って南米大陸に降り注いでいたのです。その量 は年間4,500 万トン、アマゾン川流域には2, 700 万トンが降り注ぎ、リンが持続的に供給され 生物多様性が守られているということです。地球 の生命は人智の及ばぬ精妙な循環作用によって維 持されているということなのです。「繁栄は神の 智慧と愛と生命との相互循環から生ずるのである。 循環が截ち切られるとき繁栄の道が遮断される事 になるのである。( 中略) 繁栄の原理は、与えると 受けるとの循環によって成り立っているのである。 」(『新版栄える生活365 章』P224 ~ P225)   ★陛下は御著書『水運史から世界の水へ』の「は じめに」、「第八回世界水フォーラムのテーマは、『水 を分かち合う』でした。生物の根源であり、ほか に代わるもののない大切な水が、人々が智恵を出 し合うことにより、分かち合われ、その結果、紛 争や貧困、教育やジェンダーなどの問題が改善さ れ、平和と繁栄、そして幸福がすべての人々にも たらされるようになることを心から願わずにはい られません」と述べられました。つまり、陛下は 自然の「循環」から人類が「分かち合う」ことを 学ぶことによって、21世紀の水問題は解決でき ると仰られたのです。そして、その自然と人間の 大調和を学ぶ最高の場が6/9の「講習会」です。 最後の最後まで一人でも多くの方々を講習会にお 誘いし、講習会を大成功致しましょう。

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光のおとずれ 編集後記 令和元年5月

投稿日:2019年5月10日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 令和元年5月

★5/1いよいよ「令和」の御代が始まります。 新帝陛下は新たな時代にどのような希望を持たれ ているのでしょうか?今年2/23のお誕生日の ご会見で、ライフワークとしての「水」問題に触れ、 述べられたお言葉が印象的でした。「日本の変化に 富む豊かな国土は、同時に、自然災害、例えば台 風や豪雨、津波などの影響を受けやすいことから、 『水』問題への取組で得られた知見も、これからの 務めの中で、国民生活の安定と発展を願い、また、 防災・減災の重要性を考えていく上で、大切にい かしていきたいと思います」と、水問題による国 民生活の安定と発展に言及されたのでした。実は、 新帝陛下の水問題のご研究は既にライフワークの 域を超え、世界の水問題研究者や専門家のレベル に達しておられると言うことです。

 

★ 「一本の杭に記されし道の名に我学問の道はは じまる」平成10年の歌会始で詠まれた御製です。 「道」へのご関心は学習院大時代の中世の瀬戸内海 の海上交通についてのご研究、オックスフォード 大での18世紀のテムズ川の水上交通のご研究な ど「水の道」へと発展し、世界の水問題にまで取 り組まれるようになりました。陛下は「世界水フ ォーラム」などの国際会議で11回にわたってご 講演され、その内容は世界の研究者も驚くほどの 知見と示唆に富んだものだと言います。「視点の時 間軸が長く、話しの組み立てが抜群。だから世界 の聴衆の感情に訴える。われわれ学者は及ばない。 脱帽です」( 東京大学名誉教授・小池俊雄氏)

 

★平成30年3月、「第8回世界水フォーラム」で の基調講演にその片鱗を伺うことができました。 アマゾン川流域に降る大量の降雨は土壌のリンを 海洋に流出させ、生態系の維持に必要なリンが枯 渇してしまうはずなのに、アマゾン川流域の肥沃 な土壌が維持されているのは何故か?何とアフリ カのサハラからリンを含む大量の砂が大気の大循 環に乗って、大西洋を渡って南米大陸に降り注い でいるからとのことでした。陛下のご講演で、地 球規模の壮大な大気循環、水循環の全体像が描き 出され、地球全体の生命圏を形作っていることが 明らかになったのです。そして最後に、「21世紀 は水の世紀であると言われますが、その言葉が一 つ進み、21世紀は水による繁栄、平和そして幸 福の世紀であったと後世の人々に呼ばれることと なるよう願っています」と結ばれたのでした。新 帝陛下が水問題を通して、日本と世界の平和と繁 栄に貢献されようとしているお姿に、環境問題を 通して自然との調和を目指す生長の家との共通点 を感じ大変嬉しく思った次第です。「令和」の御代 は、自然と人間に幸福をもたらす「調和」の時代 となることでしょう。私達も「21世紀が生長の 家によって、繁栄と平和と幸福の世紀であった」と、 後世の人々から喜ばれるように6/9( 日) の講習 会を大盛会にして参りましょう。

 

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光のおとずれ 編集後記 2019年4月

投稿日:2019年4月2日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 2019年4月

★その人の価値は死んだ後にわかると言われます が、伊藤一郎さんの通夜に参列し、改めて一郎さ んが如何に多くの方々から愛されていたかを感じ ました。わが家の庭の剪定が縁で、一郎さんにお 茶出しをしていた家内も参列しましたが、驚いた のは佐藤佳樹会長の奧様も参列されていたことで す。これまで生長の家の行事には顔を見せたこと のない奥様が来られていました。佳樹会長の庭も 一郎さんが手がけた関係だと思いますが、それに しても葬儀に顔を出すのは余程一郎さんの人柄が 愛されていた証拠です。長女さんのご挨拶で、一 郎さんがとても優しくユニークな性格で、孫と会 う時はいつもサプライズを用意してくれていたと 話されていましたが、老若男女、性別、年代を問 わず誰にでも気さくに接してくれたのが一郎さん でした。小生も年齢的には9歳も年下でしたが、 互いに長男で嫁姑の問題も共通していたことから「 長男会」を結成し親しくさせてもらっていました。

 

★とにかく枠に囚われない性格で、宮城練成会で はラフターヨガを取り入れた笑いの練習が得意で、 いつも練成員や運営委員の殻を破ってくれました。 仙台のジャズフェスをこよなく愛し毎年聞きに行 っていましたが、本人がカラオケで歌っていたの は「刃傷松の廊下」でした。それも全く音程を無 視した歌で、いつも腹を抱えて笑ったことを思い 出します。型にはまらない性格のため職業は何度 も替わり、わが家にも24 時間風呂のセールスに来 たかと思ったら、次に合ったときには別の仕事に 変わっていました。それでも天性の楽天的な性格 が功を奏し、遂に天職となる庭師の仕事に出会う ことができたのです。どんなに暑くても寒くても 木と向き合い、黙々と剪定している姿は本当に活 き活きとしていました。剪定された松はとてもか っこよく庭木は蘇りました。一郎さんは誰よりも 長生きするものと思っていただけに、あっと言う 間の卒業に驚きました。狭い肉体の現象生活は窮 屈だったのかもしれません。これからは魂の自由 を得て、自由自在に顕幽を往来し愛する子や孫を 守り、生長の家の人類光明化運動を導いて下さい。 特に6/9は講習会です。一郎さん。どうか霊界 の諸先輩がたと講習会を応援してください。生前 のご活躍に心より感謝申し上げます。

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光のおとずれ 編集後記 平成31年3月

投稿日:2019年2月27日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成31年3月

★ 「贈られしひまわりの種は生え揃ひ葉を広げゆ く初夏の光に」。今年の歌会始で詠まれた天皇陛下 の御製です。このひまわりの種は、阪神・淡路大 震災で犠牲になった加藤はるかさん( 当時11歳) の自宅跡に半年後の夏に咲いたひまわりが、「はる かのひまわり」と名付けられ復興と鎮魂のシンボ ルとして全国にその種が配られたものです。両陛 下も平成17年に阪神・淡路大震災十周年追悼式 典のため神戸を訪問された際、遺族代表からその 種を贈られました。両陛下は御所の庭に種をまき、 毎年ひまわりを観賞し咲き終わると種を採取して 再び種をまいていたのです。被災地を忘れること なく被災者に心を寄せられ続けてこられたのが天 皇皇后両陛下でした。東日本大震災直後の3月 16日、未曾有の大震災に際し天皇陛下は「国民 一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも 長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復 興の道のりを見守り続けていくことを心より願っ ています」とのお言葉を述べられました。あれか ら8年目の3/11を迎えようとしています。教 化部では「東日本大震災物故者追悼八周年慰霊祭」 を開催致します。被災した方々のご冥福を心から お祈りし、「神・自然・人間の大調和した世界」の 実現を誓う日にしたいと念願する次第です。

 

★東日本大震災の時に復興の合い言葉となったの が「絆」でした。千年に一度と言われた大震災は、 死者・行方不明者数で戦後最大の犠牲者を出しま した。反面、被災者同士が励まし合い、助け合い、 秩序を守り、協力し合っている姿は世界の賞賛を 呼び、勇気と感動を与えたのでした。その震災で 母娘の「絆」を取り戻したのが松田あゆみ職員で した。母文江さんが講習会で話した体験談です。「 この大震災のあと、私には喜びばかりがつながり ます。娘のこともそうです。解雇になって戻って きてからだんだんに二人の間に築き上がっていた 高い壁は日毎に低くなっていき会話もその辺の母 娘の会話に似てきてどんどん和やかになり、娘の 口から『おかあさん!』って自然に出るようにな っていたことにふと気づき、目のあたりが熱くな ってしまった私でした。日に日に柔らかくなって ゆく娘の言葉や態度に、改めて私が変わらなけれ ばならなかったことを思い知りました。」その娘は、 その後教化部職員となり、宮城の光明化運動に活 躍することになり、事務局次長として宮城の将来 を担う人材に成長しました。ところが、そのあゆ み次長がこの度国際本部に奉職することになりま した。しかも3/1からです。吾々にとっては断 腸の思いですが、立教90年の記念すべき日に奉 職するのはやはり神縁としか言いようがありませ ん。あゆみ次長には「今起て! 」の立教の精神を 忘れずに、これからは本部職員として更に成長し てくれることを心から念願する次第です。フレー フレーあゆみ!ガンバレガンバレあゆみ!

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光のおとずれ 編集後記 平成31年2月

投稿日:2019年2月1日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成31年2月

★ 1/13 に開催された「新年祝賀式」で、齋藤貴之生教会会長が話した新年の挨拶が印象的でした。 息子さんが中学校で卓球部に入ったそうですが、 なかなか上手くなれず顧問の先生にも「へたくそ」 と言われたので、練習用具を買って練習させたそ うです。練習中にも度々「できない」と言うのを 聞いて、練習は内なる無限力を引き出すためにするので「できない」と言わずにやり続けたらきっと上手くなると励まして親子で練習を続けたそうです。その内に息子さんも「できない」と言わな くなり、先日行われたダブルスの試合に出場して、 何と準決勝まで勝ち進み、顧問の先生からも「上手くなった」とほめられたとのことでした。「できない」で思い出されたのが『真理の吟唱』の「至福無限を喚び出す祈り」です。

「私たちは今後、決して『できない』ということを言わないのである。 『できない』のは『できない』のではない、『しない』のである。私は今より『できない』精神を棄てたのである。私はできるのである。不可能はないの である。」

息子さんも今回の体験を通して「できない」精神を棄て、きっとこれからは何事も「やれ ばできる」精神を身に付けたのではないかと嬉しく思った次第です。いよいよ講習会の推進が始まりました。私達も「できない」とは言わず「やればできる」の精神で、内なる無限力を発揮して講習会の推進に頑張りましょう。

 

★ 2/11 は建国記念の日です。初代神武天皇が橿原の地で即位され、わが国を建国されてから今年で 2679 年になります。もちろん現存する世界最古の国であり、初代神武天皇より今上陛下まで、125 代 にわたって連綿と皇位が継承されてました。古事記や日本書紀を作り話として建国の歴史を否定す る人々もいますが、その古事記や日本書紀の神話を護ってこられたのが他ならぬ天皇様でした。天皇様の皇位継承の御印は何か。「三種の神器」です。 「八咫鏡( やたのかがみ)」「草薙剣(くさなぎのつ るぎ)」「八坂瓊曲玉( やさかにのまがたま)」。いずれも天照大御神が天孫・瓊瓊杵尊に授けられた 物で、それを現実に歴代の天皇様は継承されてきたのです。5/1 皇太子殿下が新天皇に即位されるときに最初にする「剣璽等承継の儀」は、まさにそ のための儀式なのです。又、11/14 夜から11/15 朝 にかけて行われる「大嘗祭( だいじょうさい)」は、 皇位継承に伴う一世一度の重要な儀式ですが、天皇様自ら天照大御神に新穀をお供えになると共に、 お召し上がりになられ「天皇が神と一体になられる儀式」です。まさに神話由来の古代の儀式をそ のままに現代に再現する、「神代の風儀をうつす ( 一条兼良)」儀式が大嘗祭であり、それを2千年 にわたって続けてきたのが日本のご皇室なのです。 6/9 の講習会は「御代替わり」を迎えて最初の歴史 的講習会と言えます。是非大勢の皆様を集めて講 習会を大成功に致しましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成31年1月

投稿日:2018年12月27日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成31年1月

★新年明けましておめでとうございます。
平成31年 を寿ぎ皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

平成30年の世相を表す「今年の漢字」は”災”でし た。西日本豪雨や北海道胆振東部地震など、災害の多 い年だったことが理由のようです。今年は是非とも”災” 転じて”福”となす年にしたいものです。

毎月の普及 誌に掲載されている「生長の家インフォメーション」 には、「悪現象( 会社のリストラ・夫婦の不調和・病 気など) には、これまでの自分の生き方を方向転換す べきことを教えてくれる”チャンス”であるという光 明面があるのです。」と書かれています。私事で恐縮 ですが、昨年の11月、母が食欲不振で一ヶ月間入院 するという出来事がありました。食欲旺盛だった母が 全く食べなくなり、毎日寝てる姿に心配になり病院で 診察してもらった結果、お腹に炎症が見つかり入院治 療することになりました。練成会の「祈り合いの神想 観」で母の実相顕現を祈ってもらった時、母の病気の 原因が自分にあったことに気づかされました。自分の 愛情不足、表現不足が原因だったことに気づき、心か ら懺悔してそれから母と会話をするようにしました。 その直後の入院だったので、一ヶ月間毎日お見舞いに 行き1~2時間母と会話をするようにしました。その 間、聖経十巻読誦や「祈り隊」の皆様からも、母の実 相顕現を祈願して頂きました。病院に行くたびに母が、 「( 病気で入院していても) 痛くもない、苦しくもない、 眠れるのは本当に有難い。これも皆さんが祈ってくれ ているお陰だね。祈りの力は凄いね」と、大変感謝し ていました。お陰様で全ての数値が平常に戻り、食欲 も回復して無事退院することができました。その意味 で、母の入院は家族や兄弟にとっては心配事でしたが、 小生にとってはまさに自分の生き方を方向転換すべき ことを教えてくれる”チャンス”となったのです。

 

★災害と言えば、今から232年前の天明7年(1787) に「天明の大飢饉」が起こりました。全国的に凶作に 見舞われ数万人が餓死、百万人近い人々が疫病で亡く なりました。人々は京都所司代や京都町奉行所に嘆願 しましたが幕府は効果的な救済策を出さず、江戸や大 坂では一揆や打ち壊しが頻発しました。幕府に落胆し た人々は天皇に救済を求め、御所の周りを回るように なります。これは「御所千度参り」と称されました。 きっかけは天明7年6月初め頃に京都市中の所々に張 られた札で、豊作を願うため御所へ千度参りしようと 呼びかける内容だったのです。初めは10人、20 人だったのが、全国からも参拝者が増え日によっては 3万人、最高では7万人に達したと言います。時の天 皇は第119代光格天皇です。光格天皇はすぐさま京 都所司代に使者を派遣し、幕府に窮民救済を講じるよ う申し入れました。朝廷が幕府に指示を出されるのは 異例のことでしたが、幕府はこれを受けて千石の救い 米による救済措置を講じたのです。その際詠まれた御 製が、「みのかひは何いのるべき朝な夕な民安かれと 祈るばかりぞ」です。朝夕に祈るはただ万民の幸せだ けだという歌です。光格天皇もまた国民を慈しまれま した。人々の祈りが光格天皇を動かし、異例とも言え る幕府に対する「窮民救済勅書」となり、救い米とな って多くの命を救うことになりました。”災”を転じて “福”となしたのは、まさに人々の”祈り”であり天皇 の”祈り”でした。平成31年元旦には教化部で「元 旦神想観始め」があります。平成最後の「元旦神想観 始め」に参加して、今上陛下の「四方拝」に併せ国家 国民の幸福と世界平和の実相顕現を祈り、今年は”災” ではなく”福”となす一年に致しましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年12月

投稿日:2018年11月27日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年12月

★11/8の産経新聞の1面は、米国の中間選挙結果 に憮然とした表情のトランプ大統領と、歓喜している 民主党支持者の写真が掲載されていました。上院は共和党が勝利し下院は民主党が勝利したのです。米議会は完全にねじれ状態となり国民の半数は大統領にNOを突き付けたと言えるでしょう。翌日の1面は平成最後の園遊会の記事でした。そこには天皇皇后両陛下が 一つの傘を差しながら、笑顔で招待者を回られている姿が掲載されていました。あいにくの雨で天皇皇后両 陛下も濡れながらも、着物姿で臨まれた車イスの平昌 パラリンピックアルペンスキー金メダリスト村岡桃佳さんに、「おぬれになって大丈夫ですか」と気遣いのお言葉をかけられました。招待者には五輪メダリストや時の人ばかりではなく、農家や看護師、ボランティ アなど、その道一筋で地域社会に貢献している人達もたくさん招待されています。事前に招待者の説明を受 けているとは言え、両陛下はそのような名も無き民へ のお心遣いも決して忘れることはありません。

 

★今年の春の園遊会。両陛下は、東京都昭島市で元受刑者を雇ってダイレクトメールの封入を請け負う会社を営む、渡辺道代さんの前で足を止めました。渡辺さんに向かって、天皇陛下は「何年やっていますか」、皇后様は「状況はいかがですか」と声をかけられました。 渡辺さんは1987 年に会社を立ち上げた頃、従業員の女性から「実は夫が服役しているんですが、私はここにずっと居ていいですか」と涙ながらに打ち明けられ、 罪を犯した人に対する社会の厳しさを実感し、更生を目指す人を雇い始めたといいます。皇后様は渡辺さんの夫にも「これからも奥さまを支えてくださいね」と言葉をかけられました。渡辺さんは「有名人でもない 私にまで声をかけてくださった。ご関心の幅の広さに驚き、励みになりました」と大変感激されていました。

 

★福沢諭吉は『帝室論』の中で次のように述べています。

「我帝室(皇室) は人民の精神を収攬するの中心なり。 其功徳至大なりと云う可し。国会の政府は二様の政党相争ふて、日の如く水の如く、盛夏の如く厳寒の如くならんと雖ども、帝室は独り万年の春にして、人民こ れを仰げば悠然として和気を催ふす可し。国会の政府 より頒布する法令は、其冷なること水の如く、其情の 薄きこと紙の如くなりと雖ども、帝室の御徳は其甘きこと飴の如くして、人民これを仰げば以て其慍( いかり) を解く可し。」

日本は国の中心に世俗を超えた存 在として御皇室があり、国民の父母の如き慈愛に満ち た天皇皇后両陛下がいらっしゃいます。それがどんな に有難くまた希有なことなのか。大統領と国民が対立し国論が二分する極寒の如き米国と、皇室と国民が談笑し和気を催ふす万年の春の如き日本の姿に、改めて2千年の「歴史と伝統の国・日本」の素晴らしさを実 感した次第です。来年5/1に御即位される皇太子殿 下は、今年2/23のお誕生日に

「象徴天皇、そして 公務の在り方については、…国民と苦楽を共にしなが ら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、そ の望ましい在り方を求め続けるということが大切であ ると思います」

と、”国民と苦楽を共に”し”国民の幸せを祈る”ご皇室の伝統を今後も継承していきたいと 述べられました。国家の中心者が日々国民の幸せを祈られる国・日本。12/23は平成最後の「天皇誕生 日」です。「祈りの国・日本」に生まれた喜びを心から噛みしめ、御在位30年を迎えた天皇陛下に心から 感謝申し上げ、御皇室の弥栄と聖寿の万歳をご祈念致 しましょう。今年一年のご愛読に心から感謝申し上げ ます。どうぞ良い年をお迎えください。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年11月

投稿日:2018年11月6日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年11月

★10/13( 土) の「生長の家宮城自然の恵みフェ スタ2018」は、神様に祝福された本当に万事好都合のフェスタとなりました。まず一つ目は教化部長が 無事に参加できたことです。直前に不慮の事故で左手首を骨折。10/9( 火) に手術、10/11( 木) に 退院して10/12( 金) の準備、13日当日の本番に間に合うことができたのです。まさに神業、神計らいでした。二つ目は天候です。前日は雨や風の天気でしたが、当日は本当に秋晴れの風一つ無い爽やかな好天に恵まれました。それでオープニングセレモニーも予定どおり外の駐車場で実施することができたのです。 三つ目は、来賓に安久地区の町内会長さんにお越し頂 きご挨拶を頂戴したことです。当初は町内の別のイベ ントがあるので午後に来られるとのことでした。それが急に午後に仕事が入ったため午前の開会から来て下さることになったのです。町内会長さんが生長の家のイベントに参加し挨拶までして頂いたのは、小生の記憶ではこれが初めてでした。お陰でオープニングから盛り上がることができました。又、11月の宮城練成会から3日目の行事に「クリーンウォーキング」を実 施することになりましたが、五者会議で事前に町内会 に連絡してその事を伝えておいた方が良いということ になっていました。その件もその場で佐藤佳樹会長から町内会長さんに話しをして頂き快諾して頂くことが できたのです。まさに万事好都合の展開となりました。

 

★四つ目は駐車場です。いつも使用している臨時駐車場が、10月一杯道路工事の車両が使用することに なり3分の1しか使えないことになりました。昨年も 40台入れて目一杯だったので、今年はどうするか頭を悩ませていたところへのまさかの臨時駐車場縮小の 話しです。困った末に神想観で思い出したのが臨時駐車場のオーナーが以前話していた、近くに弟さんの空き地があるという話しでした。早速オーナーさんに連 絡をしたところ、弟さんと親戚に連絡をしてくれ近所の空き地を2ヵ所貸してくださることになったのです。 万歳!万歳!お陰で当日は3ヵ所の臨時駐車場を使うことができたのです。終了後駐車場係の白鳥チーフに聞いたところ、全て満車になったが無事収容すること ができたということでした。本当に神計らいでした。 五つ目は教化部がお付き合いしている証券会社の営業 マンが参加してくれたことです。何が万事好都合かと言うと、今回の参加は単なるお付き合いで参加したということではないからです。たまたま仕事の話しをし ていた時にフェスタの話しになり、自転車の展示をすることを話したのです。そしたら彼の目が輝き、実は今年東京から仙台に転勤になって、身体を鍛えるため にマウンテンバイクで夜この辺を走っているというのです。仙台駅前から太白大橋を通って名取まで走って いるということでした。だから、生長の家では今環境のために自転車を奨励している話しやSNI 自転車部を作って自転車のミニイベントを開催している話しをしたのです。そしたら是非自分も参加したいと言いだし、 本当に当日マウンテンバイクで来てくれたのです。ノ ーミート料理もおいしい!おいしい!と連発するので、 生長の家が何故今ノーミート料理を奨励しているかを話し、単身赴任だというので『食卓にノーミート料理を』 のレシピ本を勧めたら、これなら作れそうだと言って買ってくれたのです。最後まで参加してすっかり生長の家に溶け込んでいました。フェスタが無ければ生長の家の話をすることはなかったので万事好都合でした。 今年も実りの秋に相応しい、実り多いフェスタとなりましたことを心より感謝申し上げます。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年10月

投稿日:2018年10月5日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年10月

★9/17は”敬老の日”でした。厚労省の発表に よると平成2 9 年の日本人の平均寿命は、男性が 81.09歳、女性が87.26歳で、いずれも過去 最高を更新したとのことでした。男性は世界3位、 女性は世界2位の長寿国となりました。平均寿命= 健康寿命であれば本当に喜ばしい事ですが、現状は 決して手放しで喜んでばかりはいられないようで す。何故なら、平成27年度( 直近) の国民医療費は 42兆3,644億円。国家予算の4割に相当する金 額が医療費だということです。65歳以上だけでは 25兆1,276億円と全体の約6割を占めます。まさ に医療と介護に支えられた長寿国といえそうです。

 

★この増え続ける医療費に対して、病気の3分の1は 生活習慣の改善によって減らすことができる。医療費 は10兆円削減できると提唱しているのが、国立がん センターの疫学部長を務め、現在は公益社団法人生命科学振興会理事長を務めている渡邊昌( わたなべ・し ょう) 医師です。渡邊医師は疫学部長時代に糖尿病を患います。53歳の働き盛り、多忙な日々と不摂生が 原因でした。担当医師からは薬で血糖値を下げることを勧められましたが、日頃から生活習慣改善による病気予防を説いている関係上、安易に薬に頼る訳にはい かないと「食事と運動」で糖尿病の克服を決意します。 食事はそれまでの欧米型食生活から、玄米菜食を中心とした和食に切り替え、朝・昼・晩30分ずつかけて、 ゆっくりと、よく噛んで食べる。その合間に仕事をす るというライフスタイルに変えました。運動は通勤のひと駅を徒歩にして、病院内をこまめに歩き、毎日 1万歩を持続したのです。その結果、1年後には13 ㎏痩せることに成功し血糖は正常値に戻ります。それと共に、肩こりや足の疲れ、水虫などたくさんあった 身体の不調もすっかり解消してしまったのです。しか も、その後はマラソンを始め、国内の大会だけでなくホノルルマラソンにも挑戦し4回も完走しました。糖 尿病を宣告された当時は肥満状態でしたが、食事と運動を中心とするライフスタイルに切り替えたことで、 精神的にも肉体的にも元気になったと言います。その後東京農業大学に移り、農学、栄養学、食養生を学ぶ ことで患者の「体」だけを見る既存の西洋医学から、 患者の「食・心・体」を一体的全人的に見る統合医療 を目指すようになりました。

 

★ 「まごたちわやさしい」私の孫のことではありませ ん。渡邊医師が提唱するおかずです。豆、ごま、卵、乳類、 わかめなどの海草類、野菜、魚、しいたけなどのキノ コ類、いもの9種類の食品の頭文字を並べたものです。 玄米とみそ汁、おかずは「まごたちわやさしい」。普段からごはんとみそ汁を中心とする和食(できれば玄 米菜食)、および適度な運動( 1日1万歩) をする。 そうすれば生活習慣病( ガン・糖尿病・高血圧症・心 臓病・脳卒中) が予防でき、医療費の軽減につながると言います。「食」と「心」と「体」のバランスが生活習慣の改善に繋がるということです。その意味では、 現在生長の家が提唱している「オーガニック菜園部」「 クラフト倶楽部」「自転車部」の活動は、まさに「食」 を選び、「心」を豊にし、「体」を動かす、最高のライフスタイルと言えるのではないでしょうか。当月号で 紹介している各部のミニイベントは誰でも参加できま す。いつまでも若々しく健康な人生を全うするために、 皆様ふるってご参加ください。10/13( 土) の「 自然の恵みフェスタ2018」には各部の作品展示やノーミート料理もあります。お子さんやお孫さんと一 緒にご参加ください。お待ちしております。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年9月

投稿日:2018年8月31日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年9月

★残暑お見舞い申し上げます。『写経のご案内』に、谷 口輝子先生著『人生の光と影』より抜粋した”写経のこころ”の一文があります。それによると弘仁9年 (818 年) の春、天下に悪病が大流行しました。防疫の方法もなく見る見る日本中に広がり死屍累々という悲惨な状態であったので、時の嵯峨天皇(第52 代) は弘法大師を召して悪病退散の方法を御下問になったそうです。大師は「陛下御みずから般若心経を御浄写なされ、私は陛下の驥尾に伏して御祈念申し上げます」と 奉答しました。嵯峨天皇は一字三礼(さんらい) の真心を尽くして御写経なされたところ、「未だ結願(けちがん) の言葉を吐かざるに蘇生の輩(やから) 途(みち) にたたずむ、夜変じて日光赫々(かくかく) た り」と、その霊験の素晴らしさを般若心経秘鍵の奥書きに書かれています。この嵯峨天皇の御宸筆(しんぴ つ) の般若心経は、現在も大覚寺(真言宗・京都) に 祀られているそうですが、谷口輝子先生はこの写経が恐らく日本における「写経祈願」の最初であり、その代表的なものと言うことができると書かれています。

 

★皇太子殿下は昨年2月23日のお誕生日の記者会見 で、一昨年8月に愛知県西尾市の岩瀬文庫をご訪問さ れた折に、後奈良天皇(第105 代) が洪水や天候不順による飢饉や疫病の流行により苦しむ人々のために、 諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰 (しんかん) 般若心経を拝見する機会に恵まれたと述べられました。災害や疫病の流行に対して、般若心経を写経して奉納された例は、平安時代の疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇 (第88 代)、伏見天皇(第92 代)、南北朝時代の北朝の後光厳天皇(北朝第4 代)、室町時代の後花園天皇(第102 代)、後土御門天皇(第103 代)、後柏原天皇(第104 代)、そして、今お話しした後奈良天皇などが 挙げられますと仰られ、次のように述べられました。「私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がまさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきた いと思います」と。来年5月1日、第126代天皇に 即位される皇太子殿下が、しっかりとご歴代の御事績と御足跡を学ばれ、「国民の幸福を祈り国民と苦楽を共にする」とのご皇室の伝統をきちんと受け継がれようとするお姿に、日本国の安泰を確信した次第です。

 

★ところで、嵯峨天皇が般若心経262文字を「一字 三礼」の真心込めて写経したら、何故疫病で苦しんで いた人々が病床から起ち上がり病から癒される奇跡が 起きたのでしょうか。やはり『写経のご案内』に谷口雅春先生が書かれていました。「一字一字、感謝の念 に心を集中しながら余念なく真理の言葉を写しながら、 その深いところへ這入って往くと、”人間・神の子、本 来無限力”という文字と自分のいのちとが一体になり、 人間無限力の意味が潜在意識の底の底まで自覚されるから、すべてがよくなるということになるわけであり ます。」現象は心の影。その心とは潜在意識であり、 日本国の命と一体である天皇陛下が、潜在意識の底の 底まで「物質無し・肉体無し・病無し」との般若心経の真言をご自覚なされた時、日本国中の病者が癒されたのは当然と言えるのではないでしょうか。その意味 で、一字一字真心込めた「大調和の神示」の写経祈願は、 神・自然・人間の大調和した世界を実現する力となり ます。9/27(木) の「大調和の神示祭」に向けて全会員が「大調和の神示」を浄写し奉納致しましょう。 吾祈れば天地応え吾動けば宇宙動く!

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光のおとずれ 編集後記 平成30年8月

投稿日:2018年8月11日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年8月

★嬉しい知らせがありました。石巻の仮設住宅で暮らしていた雄勝相愛会の生出信明会長が、この度家を新築され引っ越したとのことです。震災から7年4ヶ月。 この日をどれほど待ち焦がれていたことか。7/12には新築の家で誌友会が開催され、松田教化部長が「実相軸奉戴の祝詞」を誦げられたとのことでした。これでやっと東日本大震災にも区切りが付き、新たな一 歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。これからの生出家のご多幸を心からお祈り申し上げます。

 

★月日と共に震災の痛手は忘れられ記憶から薄れていきます。しかし、被災地のことを片時も忘れずに心を 寄せ続けられているのが天皇皇后両陛下です。両陛下 は6/10、第69回全国植樹祭のために福島県南相馬市をご訪問になられましたが、植樹祭に先立つ9日にいわき市をご訪問になりました。いわき市は南相馬市から約80㎞も離れています。何故いわき市まで足を伸ばされたのか。いわき市には富岡町、双葉町、大熊町、浪江町から避難した約450人の人々が住んでいる復興公営住宅「北好間団地」があり、その被災者の方々のお見舞いに立ち寄られたのでした。11日には相馬市東日本大震災慰霊碑をご訪問されました。雨が降りしきる中、白菊の花束を供えられ、深々と頭を 下げられ犠牲者の霊を慰められました。その後、相馬市水産漁協共同利用施設をご訪問され、住民の避難誘導中に津波に巻き込まれて亡くなった消防団員の遺族とお会いになられています。両陛下から「( 息子さんは ) いっぱい人を助けて下さいましたね。本当にありが とう」というお言葉を頂いた消防団員の遺族・阿部洋子さんは、「優しい言葉をかけていただき、しっかり前を向いて生きたいと思いました。両陛下の言葉をい つまでも心に残して頑張っていきたいです」と涙なが らに話されました。10日の夜には感謝の「提灯奉迎 」が行われ、約1,400人の県民が相馬市の松川浦環 境公園に集まりました。「復興途上の大変な時にもか かわらず、大変多くの人に提灯で迎えて下さってあり がとう。この地も含め、福島の復興がさらに進んでい くことを願っています」との陛下のお言葉が紹介され、 雨天により肌寒い提灯奉迎でしたが、参加者の顔は本当に晴れやかだったとのことでした。内堀雅雄知事は、 「改めて両陛下の福島に対する思いの強さを感じた」 と記者会見で述べましたが、今回の両陛下の総移動距離が約280㎞にわたったことにも、福島に対する並々ならぬ思いを感じます。又、両陛下が御心を寄せ続け ておられることが被災者の大きな励みと支えになって いることを、今回の福島ご訪問は教えてくれました。

 

★今年6月9日銀婚式を迎えられた皇太子同妃両殿下が記者の質問にお答えになった中に、雅子妃殿下の次 のようなお言葉がありました。「特に、東日本大震災 をはじめとする様々な災害の被災地において、私たちは、人々が共に支え合うことの大切さを深く感じるとともに、困難な状況に置かれている方々の悲しみや苦しみに思いを寄せ、そのような方々の生活が少しでも良くなるようにと願ってまいりました。これから先、 復興が一歩一歩着実に進み、被災された方々に安心できる暮らしが一日も早く戻りますよう心から願いつつ、 被災地の今後に永く心を寄せていきたいと思います。」 “国民と苦楽を共にする “皇室の伝統は、確実に両殿下に受け継がれていることを実感した次第です。8/4は「先祖供養祭・盂蘭盆供養大祭霊牌奉送祭」があります。ご先祖様に感謝の聖経を誦げて”命のバトン ” をしっかりと受け継いで参りましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年7月

投稿日:2018年7月10日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年7月

★6/10(日) の「相愛会教区大会決起大会」で、 関東廣志講師が体験談を発表されました。昨年脳梗塞 で倒れ入院治療とリハビリでやっと健康を取り戻した 体験でした。入院中は「歩けない、しゃべれない、眠 れない、食べられない、吐き気がする」の後遺症で本当に苦しい毎日だったそうです。食べれば吐くし歩けば目眩がする。闘病中65㎏あった体重が48㎏まで激減したそうです。食べても地獄、食べなくとも地獄。 やり場のない苦しみはお医者さんや看護師さん、奧さんへの八つ当たりとなり、リハビリを勧められても動かない身体をどうやって動かすのかと反発していたそうです。そんな或る日、いつも見舞いに来てくれる奧さんの代わりに息子さんが見舞いに来ました。そして、 奧さんが来ない理由を息子さんから聞かされたのです。 「お父さんは生長の家の講師です。いつも人間は神の子で病気は無い、肉体は無いと説いている。それなのに今のお父さんはまるっきり病人で、食べられない、 歩けない、目眩がする吐き気がすると病気の症状ばかり訴えている。あれほど人間は神の子だと言っていな がら、あの言葉は嘘だったのか」と怒っていたと。そ れを聞いた関東さん。その奧さんの言葉に目覚めてリハビリをする決心をしたそうです。それから半年、補助具を使って立ち上がる訓練から一歩二歩と歩く練習を重ねて、遂に自力で歩けるようになり、自動車の免 許も更新して脳梗塞の後遺症から復活を遂げることが できました。『新版真理』第10巻P251 に、「神は愛する子の能力を鍛えるために、或る期間困難の『場』に置くことがある。現在の困難は却って潜在的な勝利の確保だとも言うことが出来るのである。だから常に勇 気を失ってはならない。現在の困難をつぶやいてはならない。明るい心を失ってはならない。自己を常に『神 の子・無限力』と念じて祝福せよ。」とありますが、 今回の体験を通して、関東講師は更に本物の講師へとレベルアップしたのではないかと思った次第です。

 

★関東講師の話を聞いて大野勝彦さんを思い出しまし た。大野さんは45歳の時に農機具に両手を挟み失い ます。しかし、その後両手に義手を付けて筆を持ち、 絵や書を描いてその作品が見る人達に感動と勇気を与えるようになり、講演で全国を飛び歩くような有名人 になりました。その大野さんに「プレゼント」という詩があります。「神さま誕生日のプレゼントに一日だ け両手を返してくれませんか。この事故で心配かけた人辛い思いをかけた人の手を心をこめて握りたいのです。そのぬくもりを大切に心の中にしまいたいのです。 子供達の手をいつ握ったろうか。思いだせない。一日 だけつけてもらったらしっかりにぎりしめ父親の手のぬくもりを教えたい。そして子供達の手の感触をもう一度だけ覚えさせて下さい。先祖の仏壇に心の中だけではなくて生きていますと手を合わせたいのです。」 関東講師にとって、歩けること、しゃべれること、眠 れること、食べられること、吐き気がしないことはそれだけで最高の幸せでした。大野さんにとって両手があることはそれだけで毎日が天国だったはずです。手がある足がある目がある耳がある。歩ける話せる食べられる眠れる。夫がいる妻がいる子供がいる孫がいる。 家がある家族がいる職場がある。なんと多くの幸せを与えてもらっていたことか。「ある」ものに目を向ける”日時計主義の生き方”の大切さを、改めて気づか せてもらった次第です。7/8(日) は「相愛会教区大会」、7/25(水) は「白鳩会女性のための講演会 」です。多くの方々をお誘い致しましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年6月

投稿日:2018年6月5日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年6月

◆間もなく「谷口雅春大聖師33年祭」を迎えます。 谷口雅春著作集第1巻、『光明法語』のはしがきに次のようなことが書かれています。発刊に当たって編集者から谷口雅春先生に、はしがきを書いてほしいとの依頼があり、その案の書き出しが「私が運動の第一線から退いて長崎の風光明媚な大村湾に面した公邸に移り住んでから約10年になる…」と書かれていたそうです。 それに対して雅春先生は、「私が長崎に移転したのは決して運動の第一線から退くためではなかった。第一 線より更に奥深く現象界の前線よりも一層深く現象以前の世界と交通するためであった。」更に「正直に謂うならば、私は此の地に移り住んでも風光明媚な大村 湾をまだ一度も見たことがないのである。」と書かれ ています。まさにそのとおりでした。雅春先生、輝子先生が龍宮住吉本宮建立の陣頭指揮をとるために、住み慣れた東京を離れ、長崎に移転されたのは昭和50年1月13日のことです。雅春先生82歳、輝子先生79歳の時でした。輝子先生はこの「13日」を「出発の日である」と言われました。関東大震災で被災し富山の実家に旅立ち、新たな生活を出発したのが大正12年9月13日。雅春先生が「今起て! 」の神啓を受けられて、『生長の家』誌を創刊されることになっ た日が昭和4年12月13日。そして、長崎に出発さ れたのも同じく「13日」なのです。まさに新しき生 活への出発の日であり、輝子先生はその日のことを「 80代の青年もこれからの人生である。大いなる理想 を抱いて、いよいよ前進しよう。あとには20代30代の青年がつづいて来る」(『光を見つめて』P37) と、 その日の高揚したお気持ちを綴られています。

 

★谷口雅春先生は龍宮住吉本宮建立の意義を次のよう に述べられました。「龍宮から住之江大神の御神威の出現を願って、この世界を浄化して頂いて、天照大御神の御光を六合に照り徹らして頂く道を開いて頂き、 日本国家を千万年安泰にする霊的礎を築くために建立する住吉本宮であって、吾々個人が御利益を貰うため に拝むとかいう、そんなお宮ではないのです。端的にいえば、鎮護国家を目的とするお宮であって住吉大神の御出御をお願いするための社である。それが”龍宮住吉本宮”である。」(『生長の火をかざして』P68) そして、昭和53年11月21日、谷口雅春先生が斎主となられ、自ら龍宮界に下り給い、龍宮の大神たる住吉大神を勧請されて、龍宮住吉本宮に大神を顕斎し給い、ついに龍宮住吉本宮・鎮護国家出龍宮顕斎殿が落慶することになったのです。雅春先生85歳の秋のことでした。その後、昭和56年11月21日に、伊邪那美大神を御祭神として霊界を浄化する「龍宮住吉霊宮」が建立され、ここに顕幽両界兼ね備えて住み吉しの極楽世界を成就するお社が完成することになったの です。昭和57年9月には、世界の宗教がその本来の目的たる人類の行く手を照らす光となるために、「七つの燈台」が建立されました。雅春先生御年89歳の ことでした。そして、昭和60年6月17日、午前7時53分、神様の使命を全て果たされたかのように、 雅春先生は満91歳の天寿を全うされました。最後の最期まで神様の御使命に生きた谷口雅春先生。生長の家総本山は谷口雅春先生ご夫妻が、鎮護国家、世界平和、 人類光明化のために、運動の第一線に立たれて神様からの最後の大使命を果たされた地なのです。その総本山で、6月17日に「谷口雅春大聖師33年祭」が 執り行われます。宮城からも多くの皆様の「団体参拝練成会」へのご参加をお待ちしております。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年5月

投稿日:2018年4月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年5月

★今年は桜の開花が例年よりも早く、仙台では既に満開に咲いています。今日4/7は、鈴木直人君と冨永由梨子さんの結婚式が仙台の愛宕神社で行われました。直人君は平成18年9月に宮城県教化部に奉職し、 8年間勤務してくださいました。その間青年会の事務局長や光実議長を歴任し、青年会活動に頑張ってくれたのです。奉職当初はスリムで八木山の自宅から自転 車で通っていた精悍な直人君が、いつの頃からか体重100キロの巨漢となっていました。ただの食べ過ぎ かと思っていましたがそうではあませんでした。食 生活も日常生活も狂い始めていたのです。自律神経も 麻痺し体感の調整もできなくなり夏でも毛糸のセータ ーを着ていたり、机の上も書類の山となりどこに何が あるのかわからない状態になっていました。何度か宇 治の練成会にも参加しましたが良くならず、病院へも 通うようになりました。最後は入院して薬の治療に頼 らなければならない状況に追い詰められたとき、この ままでは駄目になるとの思いから当時の髙坂教化部長とも相談して、教化部を退職して「背水の陣」を敷い て宇治の練成会を受けることを勧めました。誰よりも 一番苦しんでいたのが本人でしたので、宇治行きを納得してくれ、平成26年8月宇治に旅立ったのでした。

 

★平成28年4月。その日も桜が満開でした。直人君 から嬉しい便りが届いたのです。「お久しぶりです。 宇治に来て約1年半になりました。毎日慌ただしく色々 なことがありますが、毎日道場生活をさせていただい て、一所懸命働いて、沢山勉強しています。食堂でも色々 と仕事を任されるようになり、僕が料理を担当する機 会も増えてきました。練成部の一員としても、より素 晴らしい練成会を開催するために、仲間と共に祈って アイディアを出し合い、一所懸命頑張っています」そこには自分の居場所を見つけて、イキイキと働いてい る直人君の姿がありました。その後、里帰りのたびに 教化部にも顔を出してくれるようになり、その度に身体も心もスリムになっていくようでした。その直人君 が昨年、何と清楚で素敵な女性を連れて来たのです。 その女性が冨永由梨子さんでした。同じく宇治で練成 部に所属し図書や受付を担当されているとのことでし た。誰もが皆こんな日が来るなど予想だにしなかった だけに本当に驚きましたが、心からわが事のように喜 びました。そして今年、目出度く結婚式を挙げたのです。 満開に咲いた桜を見ながら、直人君は私達に病の姿を見せながら、人間は神の子で完全円満なんだ!病気は 無いんだ!現象は無いんだ!一陽来復の春は必ず来る んだ!ということを身を以て教えてくれたのではないかと思われてなりませんでした。人生の春。二人の前途に幸あれと心からエールを送った次第です。

(T )

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