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光のおとずれ 編集後記 平成30年10月

投稿日:2018年10月5日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年10月

★9/17は”敬老の日”でした。厚労省の発表に よると平成2 9 年の日本人の平均寿命は、男性が 81.09歳、女性が87.26歳で、いずれも過去 最高を更新したとのことでした。男性は世界3位、 女性は世界2位の長寿国となりました。平均寿命= 健康寿命であれば本当に喜ばしい事ですが、現状は 決して手放しで喜んでばかりはいられないようで す。何故なら、平成27年度( 直近) の国民医療費は 42兆3,644億円。国家予算の4割に相当する金 額が医療費だということです。65歳以上だけでは 25兆1,276億円と全体の約6割を占めます。まさ に医療と介護に支えられた長寿国といえそうです。

 

★この増え続ける医療費に対して、病気の3分の1は 生活習慣の改善によって減らすことができる。医療費 は10兆円削減できると提唱しているのが、国立がん センターの疫学部長を務め、現在は公益社団法人生命科学振興会理事長を務めている渡邊昌( わたなべ・し ょう) 医師です。渡邊医師は疫学部長時代に糖尿病を患います。53歳の働き盛り、多忙な日々と不摂生が 原因でした。担当医師からは薬で血糖値を下げることを勧められましたが、日頃から生活習慣改善による病気予防を説いている関係上、安易に薬に頼る訳にはい かないと「食事と運動」で糖尿病の克服を決意します。 食事はそれまでの欧米型食生活から、玄米菜食を中心とした和食に切り替え、朝・昼・晩30分ずつかけて、 ゆっくりと、よく噛んで食べる。その合間に仕事をす るというライフスタイルに変えました。運動は通勤のひと駅を徒歩にして、病院内をこまめに歩き、毎日 1万歩を持続したのです。その結果、1年後には13 ㎏痩せることに成功し血糖は正常値に戻ります。それと共に、肩こりや足の疲れ、水虫などたくさんあった 身体の不調もすっかり解消してしまったのです。しか も、その後はマラソンを始め、国内の大会だけでなくホノルルマラソンにも挑戦し4回も完走しました。糖 尿病を宣告された当時は肥満状態でしたが、食事と運動を中心とするライフスタイルに切り替えたことで、 精神的にも肉体的にも元気になったと言います。その後東京農業大学に移り、農学、栄養学、食養生を学ぶ ことで患者の「体」だけを見る既存の西洋医学から、 患者の「食・心・体」を一体的全人的に見る統合医療 を目指すようになりました。

 

★ 「まごたちわやさしい」私の孫のことではありませ ん。渡邊医師が提唱するおかずです。豆、ごま、卵、乳類、 わかめなどの海草類、野菜、魚、しいたけなどのキノ コ類、いもの9種類の食品の頭文字を並べたものです。 玄米とみそ汁、おかずは「まごたちわやさしい」。普段からごはんとみそ汁を中心とする和食(できれば玄 米菜食)、および適度な運動( 1日1万歩) をする。 そうすれば生活習慣病( ガン・糖尿病・高血圧症・心 臓病・脳卒中) が予防でき、医療費の軽減につながると言います。「食」と「心」と「体」のバランスが生活習慣の改善に繋がるということです。その意味では、 現在生長の家が提唱している「オーガニック菜園部」「 クラフト倶楽部」「自転車部」の活動は、まさに「食」 を選び、「心」を豊にし、「体」を動かす、最高のライフスタイルと言えるのではないでしょうか。当月号で 紹介している各部のミニイベントは誰でも参加できま す。いつまでも若々しく健康な人生を全うするために、 皆様ふるってご参加ください。10/13( 土) の「 自然の恵みフェスタ2018」には各部の作品展示やノーミート料理もあります。お子さんやお孫さんと一 緒にご参加ください。お待ちしております。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年9月

投稿日:2018年8月31日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年9月

★残暑お見舞い申し上げます。『写経のご案内』に、谷 口輝子先生著『人生の光と影』より抜粋した”写経のこころ”の一文があります。それによると弘仁9年 (818 年) の春、天下に悪病が大流行しました。防疫の方法もなく見る見る日本中に広がり死屍累々という悲惨な状態であったので、時の嵯峨天皇(第52 代) は弘法大師を召して悪病退散の方法を御下問になったそうです。大師は「陛下御みずから般若心経を御浄写なされ、私は陛下の驥尾に伏して御祈念申し上げます」と 奉答しました。嵯峨天皇は一字三礼(さんらい) の真心を尽くして御写経なされたところ、「未だ結願(けちがん) の言葉を吐かざるに蘇生の輩(やから) 途(みち) にたたずむ、夜変じて日光赫々(かくかく) た り」と、その霊験の素晴らしさを般若心経秘鍵の奥書きに書かれています。この嵯峨天皇の御宸筆(しんぴ つ) の般若心経は、現在も大覚寺(真言宗・京都) に 祀られているそうですが、谷口輝子先生はこの写経が恐らく日本における「写経祈願」の最初であり、その代表的なものと言うことができると書かれています。

 

★皇太子殿下は昨年2月23日のお誕生日の記者会見 で、一昨年8月に愛知県西尾市の岩瀬文庫をご訪問さ れた折に、後奈良天皇(第105 代) が洪水や天候不順による飢饉や疫病の流行により苦しむ人々のために、 諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰 (しんかん) 般若心経を拝見する機会に恵まれたと述べられました。災害や疫病の流行に対して、般若心経を写経して奉納された例は、平安時代の疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇 (第88 代)、伏見天皇(第92 代)、南北朝時代の北朝の後光厳天皇(北朝第4 代)、室町時代の後花園天皇(第102 代)、後土御門天皇(第103 代)、後柏原天皇(第104 代)、そして、今お話しした後奈良天皇などが 挙げられますと仰られ、次のように述べられました。「私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がまさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきた いと思います」と。来年5月1日、第126代天皇に 即位される皇太子殿下が、しっかりとご歴代の御事績と御足跡を学ばれ、「国民の幸福を祈り国民と苦楽を共にする」とのご皇室の伝統をきちんと受け継がれようとするお姿に、日本国の安泰を確信した次第です。

 

★ところで、嵯峨天皇が般若心経262文字を「一字 三礼」の真心込めて写経したら、何故疫病で苦しんで いた人々が病床から起ち上がり病から癒される奇跡が 起きたのでしょうか。やはり『写経のご案内』に谷口雅春先生が書かれていました。「一字一字、感謝の念 に心を集中しながら余念なく真理の言葉を写しながら、 その深いところへ這入って往くと、”人間・神の子、本 来無限力”という文字と自分のいのちとが一体になり、 人間無限力の意味が潜在意識の底の底まで自覚されるから、すべてがよくなるということになるわけであり ます。」現象は心の影。その心とは潜在意識であり、 日本国の命と一体である天皇陛下が、潜在意識の底の 底まで「物質無し・肉体無し・病無し」との般若心経の真言をご自覚なされた時、日本国中の病者が癒されたのは当然と言えるのではないでしょうか。その意味 で、一字一字真心込めた「大調和の神示」の写経祈願は、 神・自然・人間の大調和した世界を実現する力となり ます。9/27(木) の「大調和の神示祭」に向けて全会員が「大調和の神示」を浄写し奉納致しましょう。 吾祈れば天地応え吾動けば宇宙動く!

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光のおとずれ 編集後記 平成30年8月

投稿日:2018年8月11日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年8月

★嬉しい知らせがありました。石巻の仮設住宅で暮らしていた雄勝相愛会の生出信明会長が、この度家を新築され引っ越したとのことです。震災から7年4ヶ月。 この日をどれほど待ち焦がれていたことか。7/12には新築の家で誌友会が開催され、松田教化部長が「実相軸奉戴の祝詞」を誦げられたとのことでした。これでやっと東日本大震災にも区切りが付き、新たな一 歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。これからの生出家のご多幸を心からお祈り申し上げます。

 

★月日と共に震災の痛手は忘れられ記憶から薄れていきます。しかし、被災地のことを片時も忘れずに心を 寄せ続けられているのが天皇皇后両陛下です。両陛下 は6/10、第69回全国植樹祭のために福島県南相馬市をご訪問になられましたが、植樹祭に先立つ9日にいわき市をご訪問になりました。いわき市は南相馬市から約80㎞も離れています。何故いわき市まで足を伸ばされたのか。いわき市には富岡町、双葉町、大熊町、浪江町から避難した約450人の人々が住んでいる復興公営住宅「北好間団地」があり、その被災者の方々のお見舞いに立ち寄られたのでした。11日には相馬市東日本大震災慰霊碑をご訪問されました。雨が降りしきる中、白菊の花束を供えられ、深々と頭を 下げられ犠牲者の霊を慰められました。その後、相馬市水産漁協共同利用施設をご訪問され、住民の避難誘導中に津波に巻き込まれて亡くなった消防団員の遺族とお会いになられています。両陛下から「( 息子さんは ) いっぱい人を助けて下さいましたね。本当にありが とう」というお言葉を頂いた消防団員の遺族・阿部洋子さんは、「優しい言葉をかけていただき、しっかり前を向いて生きたいと思いました。両陛下の言葉をい つまでも心に残して頑張っていきたいです」と涙なが らに話されました。10日の夜には感謝の「提灯奉迎 」が行われ、約1,400人の県民が相馬市の松川浦環 境公園に集まりました。「復興途上の大変な時にもか かわらず、大変多くの人に提灯で迎えて下さってあり がとう。この地も含め、福島の復興がさらに進んでい くことを願っています」との陛下のお言葉が紹介され、 雨天により肌寒い提灯奉迎でしたが、参加者の顔は本当に晴れやかだったとのことでした。内堀雅雄知事は、 「改めて両陛下の福島に対する思いの強さを感じた」 と記者会見で述べましたが、今回の両陛下の総移動距離が約280㎞にわたったことにも、福島に対する並々ならぬ思いを感じます。又、両陛下が御心を寄せ続け ておられることが被災者の大きな励みと支えになって いることを、今回の福島ご訪問は教えてくれました。

 

★今年6月9日銀婚式を迎えられた皇太子同妃両殿下が記者の質問にお答えになった中に、雅子妃殿下の次 のようなお言葉がありました。「特に、東日本大震災 をはじめとする様々な災害の被災地において、私たちは、人々が共に支え合うことの大切さを深く感じるとともに、困難な状況に置かれている方々の悲しみや苦しみに思いを寄せ、そのような方々の生活が少しでも良くなるようにと願ってまいりました。これから先、 復興が一歩一歩着実に進み、被災された方々に安心できる暮らしが一日も早く戻りますよう心から願いつつ、 被災地の今後に永く心を寄せていきたいと思います。」 “国民と苦楽を共にする “皇室の伝統は、確実に両殿下に受け継がれていることを実感した次第です。8/4は「先祖供養祭・盂蘭盆供養大祭霊牌奉送祭」があります。ご先祖様に感謝の聖経を誦げて”命のバトン ” をしっかりと受け継いで参りましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年7月

投稿日:2018年7月10日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年7月

★6/10(日) の「相愛会教区大会決起大会」で、 関東廣志講師が体験談を発表されました。昨年脳梗塞 で倒れ入院治療とリハビリでやっと健康を取り戻した 体験でした。入院中は「歩けない、しゃべれない、眠 れない、食べられない、吐き気がする」の後遺症で本当に苦しい毎日だったそうです。食べれば吐くし歩けば目眩がする。闘病中65㎏あった体重が48㎏まで激減したそうです。食べても地獄、食べなくとも地獄。 やり場のない苦しみはお医者さんや看護師さん、奧さんへの八つ当たりとなり、リハビリを勧められても動かない身体をどうやって動かすのかと反発していたそうです。そんな或る日、いつも見舞いに来てくれる奧さんの代わりに息子さんが見舞いに来ました。そして、 奧さんが来ない理由を息子さんから聞かされたのです。 「お父さんは生長の家の講師です。いつも人間は神の子で病気は無い、肉体は無いと説いている。それなのに今のお父さんはまるっきり病人で、食べられない、 歩けない、目眩がする吐き気がすると病気の症状ばかり訴えている。あれほど人間は神の子だと言っていな がら、あの言葉は嘘だったのか」と怒っていたと。そ れを聞いた関東さん。その奧さんの言葉に目覚めてリハビリをする決心をしたそうです。それから半年、補助具を使って立ち上がる訓練から一歩二歩と歩く練習を重ねて、遂に自力で歩けるようになり、自動車の免 許も更新して脳梗塞の後遺症から復活を遂げることが できました。『新版真理』第10巻P251 に、「神は愛する子の能力を鍛えるために、或る期間困難の『場』に置くことがある。現在の困難は却って潜在的な勝利の確保だとも言うことが出来るのである。だから常に勇 気を失ってはならない。現在の困難をつぶやいてはならない。明るい心を失ってはならない。自己を常に『神 の子・無限力』と念じて祝福せよ。」とありますが、 今回の体験を通して、関東講師は更に本物の講師へとレベルアップしたのではないかと思った次第です。

 

★関東講師の話を聞いて大野勝彦さんを思い出しまし た。大野さんは45歳の時に農機具に両手を挟み失い ます。しかし、その後両手に義手を付けて筆を持ち、 絵や書を描いてその作品が見る人達に感動と勇気を与えるようになり、講演で全国を飛び歩くような有名人 になりました。その大野さんに「プレゼント」という詩があります。「神さま誕生日のプレゼントに一日だ け両手を返してくれませんか。この事故で心配かけた人辛い思いをかけた人の手を心をこめて握りたいのです。そのぬくもりを大切に心の中にしまいたいのです。 子供達の手をいつ握ったろうか。思いだせない。一日 だけつけてもらったらしっかりにぎりしめ父親の手のぬくもりを教えたい。そして子供達の手の感触をもう一度だけ覚えさせて下さい。先祖の仏壇に心の中だけではなくて生きていますと手を合わせたいのです。」 関東講師にとって、歩けること、しゃべれること、眠 れること、食べられること、吐き気がしないことはそれだけで最高の幸せでした。大野さんにとって両手があることはそれだけで毎日が天国だったはずです。手がある足がある目がある耳がある。歩ける話せる食べられる眠れる。夫がいる妻がいる子供がいる孫がいる。 家がある家族がいる職場がある。なんと多くの幸せを与えてもらっていたことか。「ある」ものに目を向ける”日時計主義の生き方”の大切さを、改めて気づか せてもらった次第です。7/8(日) は「相愛会教区大会」、7/25(水) は「白鳩会女性のための講演会 」です。多くの方々をお誘い致しましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年6月

投稿日:2018年6月5日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年6月

◆間もなく「谷口雅春大聖師33年祭」を迎えます。 谷口雅春著作集第1巻、『光明法語』のはしがきに次のようなことが書かれています。発刊に当たって編集者から谷口雅春先生に、はしがきを書いてほしいとの依頼があり、その案の書き出しが「私が運動の第一線から退いて長崎の風光明媚な大村湾に面した公邸に移り住んでから約10年になる…」と書かれていたそうです。 それに対して雅春先生は、「私が長崎に移転したのは決して運動の第一線から退くためではなかった。第一 線より更に奥深く現象界の前線よりも一層深く現象以前の世界と交通するためであった。」更に「正直に謂うならば、私は此の地に移り住んでも風光明媚な大村 湾をまだ一度も見たことがないのである。」と書かれ ています。まさにそのとおりでした。雅春先生、輝子先生が龍宮住吉本宮建立の陣頭指揮をとるために、住み慣れた東京を離れ、長崎に移転されたのは昭和50年1月13日のことです。雅春先生82歳、輝子先生79歳の時でした。輝子先生はこの「13日」を「出発の日である」と言われました。関東大震災で被災し富山の実家に旅立ち、新たな生活を出発したのが大正12年9月13日。雅春先生が「今起て! 」の神啓を受けられて、『生長の家』誌を創刊されることになっ た日が昭和4年12月13日。そして、長崎に出発さ れたのも同じく「13日」なのです。まさに新しき生 活への出発の日であり、輝子先生はその日のことを「 80代の青年もこれからの人生である。大いなる理想 を抱いて、いよいよ前進しよう。あとには20代30代の青年がつづいて来る」(『光を見つめて』P37) と、 その日の高揚したお気持ちを綴られています。

 

★谷口雅春先生は龍宮住吉本宮建立の意義を次のよう に述べられました。「龍宮から住之江大神の御神威の出現を願って、この世界を浄化して頂いて、天照大御神の御光を六合に照り徹らして頂く道を開いて頂き、 日本国家を千万年安泰にする霊的礎を築くために建立する住吉本宮であって、吾々個人が御利益を貰うため に拝むとかいう、そんなお宮ではないのです。端的にいえば、鎮護国家を目的とするお宮であって住吉大神の御出御をお願いするための社である。それが”龍宮住吉本宮”である。」(『生長の火をかざして』P68) そして、昭和53年11月21日、谷口雅春先生が斎主となられ、自ら龍宮界に下り給い、龍宮の大神たる住吉大神を勧請されて、龍宮住吉本宮に大神を顕斎し給い、ついに龍宮住吉本宮・鎮護国家出龍宮顕斎殿が落慶することになったのです。雅春先生85歳の秋のことでした。その後、昭和56年11月21日に、伊邪那美大神を御祭神として霊界を浄化する「龍宮住吉霊宮」が建立され、ここに顕幽両界兼ね備えて住み吉しの極楽世界を成就するお社が完成することになったの です。昭和57年9月には、世界の宗教がその本来の目的たる人類の行く手を照らす光となるために、「七つの燈台」が建立されました。雅春先生御年89歳の ことでした。そして、昭和60年6月17日、午前7時53分、神様の使命を全て果たされたかのように、 雅春先生は満91歳の天寿を全うされました。最後の最期まで神様の御使命に生きた谷口雅春先生。生長の家総本山は谷口雅春先生ご夫妻が、鎮護国家、世界平和、 人類光明化のために、運動の第一線に立たれて神様からの最後の大使命を果たされた地なのです。その総本山で、6月17日に「谷口雅春大聖師33年祭」が 執り行われます。宮城からも多くの皆様の「団体参拝練成会」へのご参加をお待ちしております。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年5月

投稿日:2018年4月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年5月

★今年は桜の開花が例年よりも早く、仙台では既に満開に咲いています。今日4/7は、鈴木直人君と冨永由梨子さんの結婚式が仙台の愛宕神社で行われました。直人君は平成18年9月に宮城県教化部に奉職し、 8年間勤務してくださいました。その間青年会の事務局長や光実議長を歴任し、青年会活動に頑張ってくれたのです。奉職当初はスリムで八木山の自宅から自転 車で通っていた精悍な直人君が、いつの頃からか体重100キロの巨漢となっていました。ただの食べ過ぎ かと思っていましたがそうではあませんでした。食 生活も日常生活も狂い始めていたのです。自律神経も 麻痺し体感の調整もできなくなり夏でも毛糸のセータ ーを着ていたり、机の上も書類の山となりどこに何が あるのかわからない状態になっていました。何度か宇 治の練成会にも参加しましたが良くならず、病院へも 通うようになりました。最後は入院して薬の治療に頼 らなければならない状況に追い詰められたとき、この ままでは駄目になるとの思いから当時の髙坂教化部長とも相談して、教化部を退職して「背水の陣」を敷い て宇治の練成会を受けることを勧めました。誰よりも 一番苦しんでいたのが本人でしたので、宇治行きを納得してくれ、平成26年8月宇治に旅立ったのでした。

 

★平成28年4月。その日も桜が満開でした。直人君 から嬉しい便りが届いたのです。「お久しぶりです。 宇治に来て約1年半になりました。毎日慌ただしく色々 なことがありますが、毎日道場生活をさせていただい て、一所懸命働いて、沢山勉強しています。食堂でも色々 と仕事を任されるようになり、僕が料理を担当する機 会も増えてきました。練成部の一員としても、より素 晴らしい練成会を開催するために、仲間と共に祈って アイディアを出し合い、一所懸命頑張っています」そこには自分の居場所を見つけて、イキイキと働いてい る直人君の姿がありました。その後、里帰りのたびに 教化部にも顔を出してくれるようになり、その度に身体も心もスリムになっていくようでした。その直人君 が昨年、何と清楚で素敵な女性を連れて来たのです。 その女性が冨永由梨子さんでした。同じく宇治で練成 部に所属し図書や受付を担当されているとのことでし た。誰もが皆こんな日が来るなど予想だにしなかった だけに本当に驚きましたが、心からわが事のように喜 びました。そして今年、目出度く結婚式を挙げたのです。 満開に咲いた桜を見ながら、直人君は私達に病の姿を見せながら、人間は神の子で完全円満なんだ!病気は 無いんだ!現象は無いんだ!一陽来復の春は必ず来る んだ!ということを身を以て教えてくれたのではないかと思われてなりませんでした。人生の春。二人の前途に幸あれと心からエールを送った次第です。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年4月

投稿日:2018年3月31日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年4月

★3月、4月は卒業式や入学式のシーズン。皆様のお子さん、お孫さんにも対象の方はいるのではないでしょうか。
小生も子供達の卒業式、入学式には欠かさず 出席したことを思い出します。
その時いつも気になっ たのは「君が代」の斉唱でした。式典では必ず国歌斉唱があるのですが、生徒達も先生も父兄も蚊の鳴くような声でほとんど歌わないのです。
必然小生だけの声が目立つので、いつも家内に「声が大きい! 」と注意されていました。子供達は小中高の学校教育を通して、 「君が代」を大きな声で歌う練習をすることが無いため、大人になっても歌うのが恥ずかしくて歌えないようになるのです。
しかし、そんな国は日本だけであり、 世界中のどの国の国民も大人から子供まで、自国の国歌は堂々と誇らしげに歌っています。
サッカーでも野球でも、日本チームの選手は国歌を歌わず、対戦相手の選手達が胸を張って国歌を歌っている、そんな光景を目にするたびに残念であり羨ましく感じていました。

 

★そんな中、とても感動したのが平昌五輪での羽生結弦選手でした。ご存知のように、仙台市出身の羽生選 手は、昨年11月のNHK杯で右足首を負傷し、直前まで練習ができないというプレッシャーの中、見事に金メダルを獲得しました。
アナウンサーが「異次元の滑り」と表現しましたが、まさに王者の滑りでした。 しかし、もっと感動したのはメダルセレモニーの時です。
羽生選手は掲揚される国旗に向かい、大きな声で 「君が代」を歌っていたのです。はっきりとした声で 誇らしげに歌っていました。
この姿は多くの感動を呼び、ネット上でもたくさんの書き込みがありました。「 見事に君が代を歌いきった羽生選手、ありがとう! 」「 オリンピックで聴く君が代最高だ」「平昌の一番高い所に日の丸がしかも金銀フィニッシュで2つもあがって 君が代聞けて幸せだった 」「セレモニーで君が代を熱唱してる姿に涙が止まりません」「君が代がこんなに素 晴らしい国歌だって改めて思います」等々。誰でも日本国民である以上、金メダリストがメダルセレモニー で国歌もまともに歌えない姿を見るのは、恥ずかしいし悲しいのではないでしょうか。
その意味で、平昌五輪という国際舞台で「君が代」を堂々と歌う羽生選手の姿に、小生はもちろん多くの国民が感動したのです

 

★国歌斉唱と言えば3年前のラグビーW杯を思い出し ます。 日本代表が強豪南アフリカを破る歴史的快挙を 遂げました。その試合の前に、日本代表はスクラムを 組んで「君が代」を大きな声で歌ったのです。
日本代 表は31人中10人が外国人選手でした。しかし、全 員が声を揃えて「君が代」を歌いました。主将のリーチ・ マイケル選手が、試合前の合宿中に歌詞をローマ字で 書き、英訳して歌詞の内容も理解して歌えるように練 習したのです。
その「君が代」の熱唱で、選手の心が一つになり日本代表は桜のマークを背負って戦い、見 事強豪南アフリカに勝利しました。2019年は日本でラグビーW杯が開催されます。そして、2020年には東京五輪が開催されます。
世界が注目するのはメダルの数だけではないはずです。国歌を堂々と歌える日本人選手達、卒業式や入学式でも恥ずかしがらずに 「君が代」を歌える子供達、日本もそんな当たり前のことができる国になってもらいたいと思った次第です。
5/25(金)~ 27(日) には「青年練成会」が開催され ます。青年達が神の子に目覚め、地球環境を守り、羽生選手のようにきちんと「君が代」を歌えるようになる貴重な場でもありますので、皆様のお子様、お孫様に是非お勧めください。お待ちしております。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年3月

投稿日:2018年3月2日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年3月

★間もなく3/11の東日本大震災から7年目を迎え ます。宮城県出身のお笑い芸人サンドイッチマンは、 テレビのロケ中に気仙沼市で被災します。しかし、翌 日にはブログに『戦後、俺たちのじいちゃんやばぁち ゃんは日本を復活させた。世界には奇跡と言われた日本の復興。必ず復興します! 日本をナメるな! 東北をナメるな!』という一文を掲載し、早速「”東北魂”東北地方太平洋沖地震義援金口座」と銘打った銀行口座を開設、募金活動を開始します。2人で1千万円を寄付し東北魂のロゴ入りチャリティグッズも販売を開始。 わずか10日間で、義援金口座には26,297人から 振込みがあり、チャリティライブとチャリティグッズ の収益を含め2億9,722万円が集まり、その義援金を岩手県や福島県、宮城県など計6県に渡して回りま した。その後も月に何度も被災地を訪問している2人 は、ライブの売上などを震災復興に寄付し続け累計金額は4億円を超えるとのことでした。また、毎年3/11には気仙沼に足を運んで14時46分に黙祷を捧 げ、震災を風化させない活動を続けているそうです。 何故彼らはそこまで頑張れるのでしょうか?一時的な同情や売名行為では続きません。彼らにあるのは故郷宮城への郷土愛であり、育ててもらった故郷への”報恩感謝の真心”ではないでしょうか。「大自然の恵みも、 衆生の恩も、父母の恩も、国家の恩も気がつかなかっ たら、それは無いのと同じことである。『ある』ものに 気がつかないのは盲人と同じことである。私たちは盲 人になってはならないのである。すべての恩恵をみとめたとき、私たちはその恩恵の所有者になるのである。 」( 機関誌『生長の家』H30_01月号法語「天地の恩」)

 

★3/1は生長の家の立教記念日。今年で立教89年を迎えます。宮城県に生長の家の教化部ができたのは、 昭和40年5月16日のことでした。当時仙台市青葉 区本町にあった既存の旅館建物を補修改築して、待望の教化部が開設されたのです。そして、同年7月20日に「宗教法人生長の家宮城県教化部」が正式に登記されました。その後、教化部の老朽化や手狭になった こともあり、新しい境内地を求めて新教化部会館建設に向けて募金活動を開始したのが平成元年3月1日。 翌平成2年に現在の西中田に所有地を取得しました。 そして、平成3年3月31日に総工費3億5千万円で 現在の教化部会館が完成したのです。同年4月14日 には教化部会館落慶奉堂式、落慶祝賀式が盛大に開催されました。ですから、今年は昭和40年の宮城県教化部の誕生から数えて53年、平成3年の現教化部会館の誕生からは27年を迎えます。その間多くの先輩 方が御教えを伝えてくださり、聖使命会員を増やして 教勢を拡大してくださいました。その尊い挺身・致心・ 献資の真心によって宮城教区の光明化運動は発展し、 教化部会館も真理の燈台として今日まで続いてきたのです。その際、宮城教区の教化部会館を子々孫々に恒 久的に残していくために、先輩方が始めたのが「教化部会館維持報恩会」の制度でした。(『菩薩手帳』P12 参照) 言わば「教化部会館維持報恩会」への入会は生長の家へのご恩返し、故郷宮城への報恩感謝の証と言 えます。しかしながら、現在の宮城の組織会員436名の中で、毎月「道場維持費」を奉納して下さる方は130名あまりなのです。立教記念日に当たり、生長の家の御教えを伝える真理の燈台としての宮城県教化部を、これからも恒久的に維持していくためにも、多くの誌友・会員の皆様の「教化部会館維持報恩会」へ のご入会をお願い申し上げる次第です。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年2月

投稿日:2018年1月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年2月

★NHKの大河ドラマ「西郷( せご) どん」が始まり ました。今年は明治元年(1868年) から150年の節 目の年です。当時は欧米列強がアジア・アフリカの有色民族国家を根こそぎ植民地支配していた時代でした。 その中でわが国だけは明治維新を成し遂げ、近代国家として新生し、国家の独立を守りました。明治維新は世界史の奇跡であり、歴史的偉業と言えるのです。その明治維新の最大の功労者が西郷隆盛です。幕府軍と官軍の全面戦争を回避した江戸城での「談判」。幕府軍の代表として西郷とまみえた勝海舟は後年こう語っています。

「西郷はおれの言うことをいちいち信用してくれ、その間一点の疑いをはさまなかった。『色々む づかしい議論もありましょうが、私が一身にかけてお引き受けします』西郷のこの一言で江戸百万の生霊もその生命財産を保つことができ、また徳川氏もその滅 亡をまぬかれたのだ」「今日の日本があるのはすべてみ な西郷のおかげだよ」

と。
談判終了後、西郷は政府や 官軍の人々から徳川に譲歩しすぎたと猛反発され、勝もまた幕臣から裏切り者と非難されました。しかし、西郷も勝もあらゆる批判に屈せず、万難を排して皇国 日本の新生に一身を捧げたのでした。

 

★明治維新の完成は明治4年の廃藩置県の実行でした。 廃藩置県もまたとても困難な事業でした。これも西郷の決断と指導のもとに実現したのです。明治天皇は西郷をよび、この重大事の実行においてもし不測の事態が起きた場合いかに対処するかにつきご下問されました。すると西郷は「おそれながら、吉之助がおります れば、御心を安じ下さいませ」と一言きっぱり申し上 げました。天皇はその言葉に深く安堵されたのです。 しかし、薩摩藩の藩主だった島津久光は廃藩置県に猛反対でした。ですから西郷を「不忠者、裏切者」と激しく怒り、憎んだのです。西郷はこのような久光を主君に持ちながら、明治維新というわが国最大の変革に自己を捧げました。このような西郷を誰よりも深く親愛し信頼してやまなかったのが明治天皇でした。明治天皇が身近に西郷に接せられたのはわずか2年余り、 19歳から21歳の時ですが、西郷から受けた感化は甚大でした。明治天皇は欧米より「大帝」とまで称賛されましたが、天皇がかくも偉大になられる上で最大の人格的感化を及ぼしたのが西郷隆盛だったのです。 明治天皇は西郷について次のような御製を詠まれてい ます。

「おもふこと なるにつけてもしのぶかな もと ゐさだめし人のいさをを」( 世界の一等国になったいま偲ばれるのは、明治維新という国家の礎を定めた西郷隆盛である)

 

★ 「人を相手とせず、天を相手にせよ。天を相手にし て、己を尽くして人を咎めず、わが誠の足らざるを尋ぬべし」

「天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛す る心を以て人を愛するなり」

今も心に響く西郷が遺した珠玉の言葉です。間もなく2/11の「建国記念の日」を迎えます。国旗を掲げて建国2678年を祝うと共に、欧米列強の外圧からわが国の独立を守り抜いた明治維新。その歴史的大事業を成し遂げた先人達にも思いを馳せ、感謝したいと思った次第です。

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光のおとずれ 編集後記 平成30年1月

投稿日:2017年12月28日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成30年1月

★新年明けましておめでとうございます。平成30年を寿ぎ皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

工藤房美さんの『遺伝子スイッチ・オンの奇跡』を読 んで、改めて「当たり前の幸せ」を教えられました。 工藤さんは48歳のときに子宮ガンを発症します。発見時にはすでに末期でした。バルスという苦しい治療を3回。それはタオルを口に詰め込まれ3時間動けないまるで拷問のような治療で、3時間泣き叫び一睡もできませんでした。2回目の治療の前日、友人が村上和雄先生の『生命の暗号』という本を届けてくれました。「人間のDNA のうち実際に働いているのは5% 」「 人間はいつも前向きで元気でハツラツしていると良い DNA をオンにし悪いDNA をオフにする」それなら、私の眠っている良いDNA がオンになったら今より元気に なるかもしれない。そう思った工藤さんは、これまで 人生を支えてくれた遺伝子にお礼を言ってから死のうと思い、髪の毛、目、腕と、自分の身体の隅々に「ありがとう」を言い続けたそうです。2回目の治療中も 「ありがとう」を言い続けました。そしたら拷問のような治療が痛くありませんでした。3回目も同じでし た。その後も自宅療養中ずっと「ありがとう」を言い 続けたのです。1ヶ月半後、医師の診察を受けたとこ ろ子宮ガンが綺麗に無くなっていたのです。

 

★ところが、ガンは肺と肝臓にも転移していました。「 余命1ヶ月」と宣告されるのです。抗がん剤治療で髪の毛が全部落ちました。10万本くらいあった髪の毛を全て集めて、毎日1本1本に「ありがとう」と言い 続けたのです。すると有り難い気持ちが雪のように積 もってきて、一切のことが悲しくも苦しくもなくただ 有難い気持ちになり、生まれて初めてのような幸せな気分になり、感動の涙が滝のように流れてきました。 余命1ヶ月もないなら残りを家族と過ごしたい、その後の抗がん剤治療を休みます。3ヶ月後に出た検査結 果で何とガンが全部消えていたのです。しかも、医者が言わなかった骨のガンも消えていました。

 

★元気になった工藤さん。知り合いのネパール人のコ ックさんとカレー店を始めました。そして、彼らの行 動に驚きます。彼らはキッチンに入ったら何と水道の蛇口、ガスの元栓の前でヒンズー教のお香を焚き、お経を唱え始めたのです。聞くと、日本人は水やガスが 出るのは当たり前かもしれないが、世の中に当たり前の事なんかない。日本で働けること、水が出て火がつ くことを神様に感謝している、と言うのです。彼らが 日本に来て一番良かったことは、「安心して眠れること」だそうです。インドやネパールでは孤児院のような施設が無いので、親が亡くなると親戚の人が来て子 供を売るそうです。日本はどれ程有難い国なのか。しかも日本では、天皇陛下が元旦の早朝から「四方拝」 というお祭りをして国の安泰と国民の幸福、世界の平 和を祈られるのです。こんな国は世界中で日本しかありません。髪がある。親がいる。家族がいる。水やガスが使える。安心して眠れる国がある。今年はそんな 「当たり前の幸せ」に日々感謝する1年にしたいと思 った次第です。今年も宜しくお願い致します。

(T )

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光のおとずれ 編集後記 平成29年12月

投稿日:2017年12月12日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年12月

★11/26は最高の天候に恵まれ、まさに神様に 祝福された講習会日和となりました。半年間にわたって推進活動に取り組んでくださいました 幹部会員の皆様、本当にお世話様でした。バス の手配や乗車場所の連絡など、当日まで参加者をまとめお連れくださいました地区責任者の皆様、本当にお疲れ様でした。特に気仙沼や登米、 栗原、河南、石巻、白石、亘理など、遠方より バスでお越しの皆様は、早朝より夜遅くまで一 日がかりの送迎、本当にご苦労様でした。又、 連日教化部で対象者・受講者の祝福を祈願してく ださいました相白青講の各組織の皆様、本当にありがとうございました。前日、当日と準備や 運営に携わってくださいました運営役員の皆様、 特に寒い中、参加者の誘導に当たってください ました交通整理部、場外誘導部、車イス部の皆様、玄関で参加者の対応に当たってくださいました受付部の皆様、本当にありがとうございま した。皆様の半年間にわたる推進と祈り、当日の笑顔と合掌のお陰で平成29年度の「講習会」 も無事、大盛会裡に終了することができました。

 

★ 体験談はどれも感動的なものばかりでした。 姑に感謝できない自分に苦しみながらも、遂に姑を観世音菩薩として拝める日がきた勝又ふみさん。姑の厳しい言葉でどれほど傷ついたことか。身につまされる体験に幾度も涙しました。 母親に感謝できなかった苦しい日々を話してくれた佐藤厚子さん。実の母親に感謝できない苦しみ、どれほど辛かったことか。しかし母親を失うことで初めて母を愛していたことに気づき 感謝できた喜び。わが事のように嬉しい体験でした。東日本大震災をきっかけに通勤を自転車 に切り替えた千葉満さん。今では県内どこにでも自転車で行けるようになったとのこと。自然 と調和した生活の実践として自転車の素晴らしさを伝える貴重な体験でした。バスの中で貰った1 冊の白鳩誌が縁で生長の家に触れ、4人の子供を授かり子育てに明るく楽しく取り組んで いる櫻井真紀子さん。少子化で人口減少の危機に直面する日本に明るい希望を与えてくれる体験でした。使わなくなった洋服や着物を小物に作り替えて再利用している寺﨑たかよさん。旦那さんの闘病生活や親の介護など、辛く苦しい 体験も生長の家の信仰で明るく前向きに乗り越 えた体験。物事の光明面を見る生活が古着に新たな命を吹き込むクラフトに生かされていることを実感致しました。5人の皆さんの体験は多 くの人々に希望と光明を与えるものであり、どれ程多くの方々が救われたかわかりません。

 

★ 最後になりましたが、講習会を通して生長の家の教えの素晴らしさ、信仰の有り難さ、運動の大切さを改めてお教え頂きました生長の家総裁谷口雅宣先生、白鳩会総裁谷口純子先生に心 から感謝申し上げます。終わりよければ総て良 し!平成29年の締めくくりを「講習会」という 最高の行事で終えられましたこと、その幸運を宮城教区の全ての皆様と共に喜びたいと思いま す。今年1年のご愛読に心から感謝しつつ、来る平成30年が宮城教区の飛躍の年となり、皆様にとりましても最高の喜びの年となることを 心よりご祈念申し上げます。感謝合掌。

(T)

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光のおとずれ 編集後記 平成29年11月

投稿日:2017年11月2日 カテゴリー:編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年11月

★ 1 0 / 1 6は「世界食糧デー」。国連が世界の飢餓 や食料問題について考える日として制定された 日です。恥ずかしながらそんな日があるとは知 りませんでした。ところが最近、W F P ( 国連世界 食糧計画)から度々メールが届くので世界で起き ている飢餓状況を知ることになりました。今年3 月から教化部事務局会議の日を「一汁一飯の日」 として、職員1人5 0 0円合計3千円をW F Pに寄付 することにしました。これは子供1 0 0 人に1 日 ですが栄養たっぷりの給食を食べさせることが できる金額です。世界には学校に通えない子供 達が6 , 1 0 0 万人もいます。何故子供達が学校に 通えないのか? 家のために働かなければならな いからです。しかし学校で給食が食べられれば 親は子供を学校に通わせます。そして子供達が 学校に通えれば教育を受けることができ、教育 を受けた子供達は将来その国を担う人材となり、 国を発展させることができるのです。わずかな 金額ですが子供達の役に立てればと思って、月1 回ですが職員もご飯とみそ汁で頑張っています。

 

★ ところでW F P は、世界の飢餓人口が2 0 1 6 年に 再び増加に転じ、世界の人口の1 1 %に当たる8億 1 , 5 0 0 万人に達したと伝えています。その主な 原因として「武力紛争」と「気候変動」を上げて います。実に9人に1人が飢餓で苦しんでいるの が世界の現実なのです。その主な原因は「武力紛 争」と「気候変動」なのです。どちらも自然現象 ではなく人間が起こしているものです。武力紛 争が領土や資源の「奪い合い」から起きるのは、 中国による尖閣諸島の領海侵犯や南シナ海の実 効支配を見れば明らかです。それでは気候変動 や異常気象はどうなのか。谷口純子先生は『この 星で生きる』のはしがきに「私の世代の人間は、 戦後の経済発展を通して、そのつもりがなくと も自然破壊を進めました。しかし今は、その反 省に立って、自然と共に伸びる生き方を考案し、 提案し、そして生活の中で実践する道を歩んで います。地球を資源争奪の場ではなく、素晴ら しい楽園にしていきたいのです。」と書かれてい ます。つまり、今日の異常気象や気候変動の原 因となっている地球温暖化は、人間が自然を破 壊し地球の資源を「奪ってきた」結果なのです。

 

★ 総裁先生は3 / 1 1 「神・自然・人間の大調和祈念 祭」でのお言葉の中で、” リンゴの木” の話しを されました。純子先生の『この星で生きる』に紹 介されている話しです。その中では「無償の愛」 を表現した物語として書かれていますが、総裁 先生は木を自然の代表、少年を人間の代表とし て捉え、人間が自然から奪っていったら結局は 自然も衰え人間も衰えてしまう。自然がなくな ったら人間もダメになり、自然が力を回復すれ ば人間も力を回復する。そのような「自然に与え 返す」活動を真剣に実践する時期を今人類は迎え ていると言われました。つまり、「奪い合い」で はなく「与え合い」「生かし合い」の生活こそが、 世界平和を実現し地球温暖化から人類と全ての 生物を救う道なのです。この事を多くの県民に お伝えする最高の場が1 1 / 2 6 の「講習会」です。 後1 ヶ月、県内隈無く推進して1 , 3 9 0 名以上の 人達を集め、神・自然・人間の大調和した世界を 一日も早く実現して参りましょう。

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光のおとずれ 編集後記 平成29年10月

投稿日:2017年9月28日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年10月

★実りの秋、スポーツの秋。遂に日本人初の9秒台が生まれました。桐生祥秀選手が100m「9秒98」の記録を達成し、10秒の壁を突破したのです。高校3年生の時に10秒01を出して日本を驚かせ、色紙に「目標世界最速9秒台」と書きました。それから4年、大学生活の全てを捧げて挑戦したにも関わらず、わずか100分の2秒の壁、わずか20㎝の壁を超えることができませんでした。その重圧と10秒の壁に幾度となく悔し涙を流したのです。そんな桐生選手が師事したのがハンマー投げの室伏広治氏でした。後半背中が反ることでスピードが落ちると考えた桐生選手は、体幹を鍛え直すために室伏氏に師事し体幹を鍛えるトレーニングを始めたのです。桐生選手は「目に見えない部分を鍛える」ことが大切だと気づいたのです。その結果ピッチの数とスライドの幅が増えて遂に100分の2秒、20㎝の壁を超え日本人初となる「9秒98」の記録を達成したのでした。

 

★記録と言えば、宮城教区の盂蘭盆供養大祭の霊牌数は15,714柱と前年度を1,323柱も上回りました。しかも相白青全ての組織が昨年度成果を上回ったのです (拍手 )。講習会も9/11現在で受講券が1,816枚、前回同時期の+207枚で相白青の全組織が前回同時期を上回っています。そしたら今( 9 / 1 3 )白鳩会が受講券目標1,680枚を突破したとの嬉しい報告が入りました。万歳!万歳!万歳!このように宮城教区は現在記録を次々と塗り替えています。前回までと何が違うのか。それは宮城教区が「目に見えない部分を鍛えている」からではないでしょうか。目に見えない部分とは何か?もちろん神様の世界、実相世界のことです。そこに波長を合わせる「祈り」が毎日行われています。松田教化部長は教化部長の仕事は「祈ること」と言われます。言葉どおり、教化部に来ると毎朝教化部長室の神棚、祈りの間の「新生祈願」、大講堂の実相額の前で祈りを捧げておられます。着任以来10ヶ月が経とうとしていますが、今も毎日続けられています。『いのちの環』 N o 8 9に「すべての生活を祈りに始まって祈りに終る生活となせ」と書かれています。又「祈りは “神の心 “と”人間の心 “との波長を合わす最良の道である。 …”神の世界”に波長を合わす事によって、その欲するものを受像して、現象界に具体化することができるようになるのである」とも書かれています。それを実証されているのが松田教化部長の毎日の「祈り」なのです。しかし、講習会は教化部長一人の力でできるものではありません。私達一人一人が講習会大盛会実現を祈り、神様の世界に波長を合わせることが大事です。教化部では毎日「講習会対象者・受講者祝福祈願」を実修することになりました。祈願担当者はもちろん、そうでない方も時間のある限りいつでも教化部に来て祈りを捧げましょう。実りの秋を「祈りの秋」としようではありませんか。

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光のおとずれ 編集後記 平成29年9月

投稿日:2017年8月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年9月

★ 「あゝモンテンルパの夜は更けて」という曲を ご存知でしょうか? 昭和27年渡辺はま子さん のヒット曲です。

この曲を作詞作曲された方は 終戦後フィリピンのモンテンルパの刑務所に戦 犯として収容された日本人捕虜でした。

フィリ ピンは日米最大の決戦場となったため、首都マ ニラの市街戦だけで十万の市民が犠牲となり反 日感情が燃え上がり、その矛先は日本人戦犯に 向けられました。

裁判とは名ばかりの、冤罪による死刑宣告を受ける日本人が後を絶ちませんでした。「無実の死刑」が次々に行われたのです。

日本人捕虜を救うために現地で戦犯釈放運動に 取り組んだのが教誨師・加賀尾秀忍氏でした。

加 賀尾師はG H Q の指令でモンテンルパに赴任し ましたが、6 ヶ月の任期が終わった後も現地に 留まり、日本人全員が帰国するまでは自らも帰 らぬ覚悟で釈放運動を続けました。

日本人捕虜 に歌を作ることを勧めたのも加賀尾師でした。

 

★ 加賀尾師はフィリピンのキリノ大統領との会 見にこぎつけます。大統領は加賀尾師らが戦犯 の釈放を求めてくるだろうと身構えていました。 大統領の奧さんと3 人の子供、5 人の親族が戦 争の犠牲となって亡くなっていたのです。

加賀 尾師はおもむろに写真帖を取り出しキリノ大統 領に差し出しました。大統領が表紙に手を触れ るとオルゴールが鳴り出したのです。その曲が「 あゝモンテンルパの夜は更けて」でした。

望郷の 思いが込められた曲が大統領の心の琴線に触れ、 大統領は2 名の日本人捕虜の釈放を約束するの です。しかし、加賀尾師は全員釈放に向けて最 後の力を振り絞り、遂に昭和2 8 年7 月4 日フ ィリピン独立記念日にキリノ大統領の恩赦によ って日本人105名の「全員釈放」が実現しまし た。

「私は、妻と3 人の子供5 人の親族を日本人 に殺された者として、彼らを赦すことになると は思いも寄らなかった。… 私は、キリスト教国 の長として、自らこのような決断をなし得たこ とを幸せに思う。

私を突き動かした善意の心が 人類に対する信頼の証として、他者の心の琴線 に触れることになれば本望である。

人間同士の 愛は、人間や国家の間において常に至高の定め であり、世界平和の礎となるものである」( エル ピディオ・キリノ大統領) 昨年1 月フィリピンを ご訪問された皇后陛下の御歌「許し得ぬを許せし 人の名と共にモンテンルパを心に刻む」。世界平 和の礎は、何時の時代も愛と許し、和解と調和 だと思われた次第です。

9/27は教化部で「大 調和の神示祭」を執り行います。万物調和・世界 平和・講習会の大盛会を祈りましょう。(T )

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光のおとずれ 編集後記 平成29年8月

投稿日:2017年7月27日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年8月

★ 間もなく8 / 1 5 の「終戦記念日」を迎えま す。中央アジアにウズベキスタンという国があ るのをご存知でしょうか。終戦直後5 7 万人も の日本人捕虜がソ連軍に抑留され、過酷な労働、 劣悪な環境、粗悪な食事で強制労働を強いられ、 約6 万人もの日本人が命を落としました。ソ連 の支配下にあったウズベキスタンでも、多数の 日本人捕虜が収容されビルなどの建設工事に従 事したのです。しかし日本人の働きぶりは、現 地の人々に感動を与えました。ある母親は、子 供を毎週のように捕虜収容所まで連れて行き、 こう言いました。「見なさい、あの日本の兵隊さ んを。ソ連兵が監視しなくてもあのように働く。 他人が見ていなくてもきちんと働く。あなたも そんな人間になりなさい」と。この少年は母親の いいつけを守り、技師となったのち、やがて大 統領となりました。2 0 1 6 年9 月に亡くなっ たイスラム・カリモフ大統領です。大統領は後に 「あの日本人たちのおかげで大統領になれた」と 述懐しています。

 

★ この抑留日本人およそ4 0 0 人が建設に従事 した建物の一つに、首都タシュケントにあるナ ヴォイ劇場があります。このオペラとバレエの 劇場は、日本人の献身的な働きぶりによって工 期3 年の予定を2 年で完成しました。しかし、 完成から1 9 年後の1 9 6 6 年4 月2 6 日、タ シュケント大地震がウズベキスタンを襲います。 市内の建物の3 分の2 が倒壊するなか、ナヴォ イ劇場はびくともせず多くのウズベク人の避難 場所となりました。その直後、カリモフ大統領 はナヴォイ劇場に日本人が建てたことを記した プレートを作らせます。そのとき大統領は「われ われは日本人を捕虜にしたことはない。日本人 捕虜とはせず” 日本国民” と記しなさい」と指示 したのです。ウズベキスタンには、あちこちに 日本に帰ることなく現地で命を落とした抑留日 本人( 8 8 4 人) 達のお墓があります。ソ連政府は この日本人墓地を撤去して更地にしろと命令し ました。日本人捕虜の抑留と強制労働は明らか に国際法違反であり、人道上も許されないもの であり、ソ連はその事実を隠蔽したかったので す。しかし、地元のウズベク人たちはその命令 に背き、遠く祖国を離れて亡くなった日本兵を 気の毒に思い、お墓を整備し今日に至るまで抑 留日本人の墓地を守り続けてくれているのです。

 

★ 8 / 1 5 になると首相の靖国神社参拝に必ず 文句をつけてくる国があります。しかし一方で、 日本兵の墓地を今もしっかり守り慰霊してくだ さっている国もあることを知り、心から感激し 感謝した次第です。8 月はお盆の月です。8 / 6は教化部で「盂蘭盆供養大祭霊牌奉送祭」が執 り行われますので、皆様も既にご先祖様やご縁 のある方々の霊牌を奉納されたと思いますが、 まだの方はお早めにご奉納ください。

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光のおとずれ 編集後記 平成29年7月

投稿日:2017年6月26日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年7月

★ 今年4 月仙台市青葉区の中学2 年生がいじめ を苦に自殺しました。平成2 6 年9 月には泉区 の中学1 年生が、2 8 年2 月にも泉区の中学2 年生がいじめが原因で自殺しています。仙台の 中学生がここ4 年で3 人も自殺しているのです。 アンケートによると、男子生徒は日常的に「臭い 」とか「きたない」などの悪口や「無視される」「 物を投げられる」などのいじめを受けていたとの ことです。しかし、今回明らかになったのは先 生も生徒に「体罰」を与えていた、ということで した。詳細は不明ですが、男子生徒は日頃から「 先生が怖い」とおびえ「(いじめを)先生に言って も一方的に自分が悪者にされる」と周囲に漏らし ていたということですから、男子生徒にとって の悲劇は、いじめられていたことよりもそれを 救ってくれるはずの先生がいなかったことです。 たとえ周りの友達がみな自分を無視しても、先 生だけは自分を庇ってくれる守ってくれる、そ んな先生が1人でもいたらこの男子生徒は自殺し なかったのではないでしょうか。その意味では、 市教委が第三者委員会を立ち上げていじめた生 徒や先生の責任を究明しても、学校の先生と生 徒の信頼関係が築けなければ、いじめや自殺を なくすことなどできないのではないでしょうか。

 

★平成27年度「生長の家教育学会」の報告書の 中に次のような教育実践発表がありました。兵 庫教区の中学校教諭の報告です。 教員3 年目。昨年中学校3 年生を担任。不登校 経験者3 名、女ボス1 名、周囲に合わせられな い子1 名と荒れたクラスでした。そこで先輩教員からアドバイスをもらうと「生徒指導は先手必 勝。細かいところもビシビシ指導すること」とのことでした。それを素直に実行して生徒の悪い ところを指摘すると、クラスは益々悪化。6 月ついにクラスの最大欠席者数、授業をサボる人数、保護者対応数、保健室利用者数の全てで学 年ワースト1 位。5 冠を達成しました。困り果てて地方講師をしている母親に相談すると、「あ んたが悪い! 」と一喝されたそうです。そこで初めて自分が神想観をさぼっていたことに気がつ き、生徒の「祝福」を始めると生徒が愛おしく感 じてきました。問題がある生徒と一人一人向き 合い話し合うと、自分に自信が無く自分が嫌い な子が多いことに気づきました。そこで、問題 のある生徒を「讃嘆」しようと交換ノートや、仕 事を頼んだ生徒にその都度「感謝」の言葉を贈る ようにしたらクラスの雰囲気が一変したそうで す。9月、ワースト1位だったクラスはついに「 問題数ゼロ」となり、親御さんにも感謝され無事 に子供達を卒業させることができました。

 

★ 人間はみな神の子。いじめる子供もいなけれ ばいじめられる子供もいない。先生が子供達の 神性を礼拝する「生命の教育」を実践すれば、日 本中の学校からいじめも自殺も無くなるし、将 棋の藤井聡太4 段や卓球の張本智和君のように、 世界に飛躍する素晴らしい中学生が続々と誕生 するのではないでしょうか。8/4 (金)~5 ( 土) は「夏季青少年一泊見真会」「お父さんお母 さんのための一泊見真会」が開催されます。子供 達の神性を開発する最高のチャンスであり貴重 な場です。一人でも多くのお子様お孫様、親御 さんのご参加をお待ちしております。

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光のおとずれ 編集後記 平成29年6月

投稿日:2017年5月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年6月

★ 「自然の恵みフェスタ2017 」に関わられた 全ての皆様お疲れ様でした。昨年の11月に開催してからわずか半年しか経っていないのに、 しかも「講習会受講券奉戴式」の翌日です。どう なることかと思いましたが、結果170名の方々 が参加し大盛会でした。後から知った話しですが町内会長さんも参加して花を買って行ってく れたそうです。隣のサンクスのおばちゃんも、 参加したら勧誘されるのではと心配していたお客さんに、「なんも心配ないから楽しいから行っ たらいいよ」と勧めてくださったそうです。M職員情報によれば来年は店にポスターも貼ってくれると言うことでした。生憎の雨で通行人は少なかったものの、それでも町内会やご近所の皆 さんが、屋台コーナーや直売コーナーに顔を出して楽しんでもらうことができました。フェス タが着実に地域の皆様と絆を深める「ムスビの行事」となってきたことを実感した一日でした。

 

★今回のフェスタの成功は、全組織挙げて「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」を開催して、各誌友会の作品を展示したことにありました。4月をBタイプ誌友会の強化月間と位置付け、地方講師研修会でも徹底し各組織の会議でも徹底した結果、相愛会では15相愛会が、白鳩会で は3総連、5地区連、11支部、2個人が、青年会では2単位青年会と1ヤングミセスが、そ して生命学園と松田教化部長も作品を展示して くれました。その参加人数約1 5 0 名、作品の 点数約5 0 0 点でした。絵はがき、俳句、短歌、 写真、石アート、端布小物入れ、牛乳パック小物入れ、新聞紙小物入れ、箸置き、コースター、 パッチワークなど様々な作品が展示されました。 まさに「オール宮城」で取り組んだ成果であり、 全国のフェスタでも教区挙げてBタイプ誌友会 に取り組んだり、その作品を一堂に展示するというのは宮城が初めてではないかと思います。 その意味で、今年度は宮城教区の信徒さんが総参加した本当に画期的なフェスタとなりました。

 

★フェスタ成功のもう一つの要因は「駐車場係」の皆さんの存在でした。終日雨の中を教化部と 臨時駐車場に待機して、参加者を臨時駐車場に誘導し送迎してくださいました。最後は臨時駐 車場に過去最高の43台が駐車。満車となり教化部の駐車場にも7台入れて50台。もうこれ以上入らないところでぎりぎりセーフでした。 午前9時から最後運営委員の車を出す午後4時まで対応してくださいました。フェスタを見ることも楽しむことも食べることもできなかった 5人の皆様の無償の愛、影の力こそフェスタ成功の最大の要因だったと思います。5名の皆様に衷心より感謝申し上げます。感謝合掌

(T)

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光のおとずれ 編集後記 平成29年5月

投稿日:2017年5月1日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年5月

★今年1月にN H Kで「ばっちゃん」という番組が 放送されたのをご存知でしょうか。

広島市基町 で市営住宅の自宅を開放し、子供達に食事を提 供している中本忠子(ちかこ)さんの話です。

保護司として1人の少年を担当することになった中本さん。

中学2年生の少年はシンナーを買う金欲しさに空き巣をして少年院に入りました。

何故シンナーを吸うかを尋ねると「お腹が減ったのを忘れられるから」と答えたと言います。

この豊かな日本にお腹をすかせた子供がいるのに驚きました。

『食が結ぶ人・地域・自然』に書いてあ る「日本国内でも子供の貧困の問題があり、6人に1人、16.3% が貧困状態」というのは本当だったのです。

中本さんはこの少年に毎日食事を食べさせるようになります。

すると少年はシ ンナーをやめ、同じ境遇の友人を連れて来るよ うになりました。

いつの間にか中本さんの自宅 は、彼女を「ばっちゃん」と呼ぶ子供達のたまり場になっていました。

中本さんは、お金のない少年達に自分の生活費と貯金を切り崩して食事 を与え続けました。

子供達に食事を食べさせるために「ばっちゃん」は休みも取らずに台所に立 ち続けました。

「空腹」が少年達を非行に走らせてしまうとわかっていたからです。

「万引きは悪いこと腹が減ったら家へ来なさい! 」そう言って子供達を招き、ご飯を食べさせ、話す場を与え、 多くの子供達が立ち直っていくのを支え続けま した。

「広島のマザー・テレサ」と呼ばれている中本さん。今年83才になりますが、これまで30年以上にわたって300人以上の子供達に「できたての食事」を与え続けて来ました。

子供達にとって中本さんは安心の拠り所、まさに母親のような存在でした。

中本さんの原点になっているのはお父さんの言葉でした。

「人間の優しさって言うのは見返りを求めたらいけない。

見返りを求めるのは優しさじゃない。」

中本さんの無償の愛は今も多くの子供達を救い続けているのです。

5/14(日)は「母の日」であり「自然の恵みフェスタ2017」の日です。

私たちも父母から受けた無償の愛と自然の恵みに心から感謝し、「心の 食事」「魂の食事」である人間神の子の真理を多くの方々にお伝えして参りましょう。

(T)

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光のおとずれ 編集後記 平成29年4月

投稿日:2017年3月30日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年4月

★2/11読売新聞に生出拡夢(ひろむ) 君の写真 が掲載されました。そうです。

石巻相愛会長の 生出信明さんのお孫さんです。

拡夢君は震災直後の3/29に生まれました。けが人でごった返す病院。

節電のため薄暗い病室での出産でした。

それから6年、拡夢君は明るく元気に育ち今年無事小学校に入学することになりました。

生出さんは孫の入学祝いにランドセルをプレゼント したそうです。

6年が過ぎてもまだ仮設住宅での生活を余儀なくされている方々は本当に大変なご苦労をされていると思います。

しかし、そ んな大変な生活の中でも、生出さんは仮設住宅の自治会長として団地の方々のお世話活動を続 け、尚且つ「誌友会」も毎月開催し続けているのです。

入居時に部屋数は2部屋と言われていたのが入ってみると3部屋になり、しかも両隣は道路と長男家族。

「神様が誌友会場として用意してくれた部屋だ」と思ったそうです。

以来5年間、 毎月誌友会を開催。

今も会員誌友の皆さんが毎月の誌友会を楽しみに参加してくれています。

その結果、この6年間で孫も産まれて家族も増え、生長の家の会員誌友も増え、震災関係で県内はもとより全国に仲間もできて、お金では買えない貴重な宝を得ることができました。

「衆生劫尽きて大火に焼かるると見るときも我がこの土は安穏にして天人常に充満せり」。

3/11を前に痛ましい震災特集が報道される中、久しぶりに生出さん宅の誌友会に参加し、笑顔溢れる会場に信仰生活の素晴らしさを感じた次第です。

 

★ その誌友会場で驚いたことがありました。

生出さん宅の誌友会に毎月参加していたO職員。

毎月自家用車で参加していたのですが、車検で修理代40万円かかると言われ廃車にしたそう です。

さすがに電車やバスで行けない場所なので参加は無理だろうと思っていました。

ところ が、午後7時からの誌友会に来たのです。

聞くと自転車で来たとのこと。

岩沼から片道約80キロの距離ですが6時間かけて自転車で来たと、 平然と話していました。

皆驚き言葉を失いましたが、本人はいたって正気です。

競輪選手でもあるまいし、日頃から自転車に乗って訓練して いる訳でもないのに無謀とも思える行動でした。

それでも6時間もかけて誌友会に来てくれたO職員の熱意は、仮設団地の自治会長として孤軍 奮闘している生出さんにとって何よりの励ましであり、エールになったのではないかと思いま す。

困難をものともしない二人の姿に真理を生きる者の逞しさを感じた次第です。

さあ! もう すぐ春です。「喜びの真理講演会」「自然の恵み フェスタ」に多くの新人をお誘いし” 真理の種まき”を致しましょう。

(T)

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光のおとずれ 編集後記 平成29年3月

投稿日:2017年2月25日 カテゴリー:光のおとずれ 編集後記

光のおとずれ 編集後記 平成29年3月

★3/1は生長の家の立教記念日です。昭和5年に『生長の家』創刊号が発行され、生長の家の教えが初めて世に出た記念すべき日です。

しか し、もっとすごいことは谷口雅春先生ご自身が自己限定を破られて、「人間神の子」の真理を実証された日であると言うことです。

神様から啓示を受けられて「人間神の子」の真理を悟られた先生。しかし、現象の先生は虚弱体質で、会社の仕事を終えてから真理の雑誌を発行することは不可能だと思われたのです。

そのため先生は、 資金を貯めてから会社を辞めて雑誌を出そうと考えられました。ところが、お金が貯まった頃に盗難に遭われます。

しかも2度も。その時先生は再び神様の声を聴かれるのです。

「今起て! 今のほかに時はない。『今』の中に無限があり、 無尽蔵がある。軍資金ができてから、時間の余裕ができてから、身体の余裕ができてから、光明化運動を始めようなどというのはまちがいだ。 」(『生命の實相』第20巻P158)

「わたしは決心した- 経済的余裕の来る日などをもう断じて待つまい! 自分の身体が弱いという理由で自分の勇気のないことをもう断じて自己弁解すまい、… 死なば死ね。生きる道をつたえるために起ち上 がってそのため自分が死ぬならば、自分の伝えようとした道は嘘だったのだ。わたしはその時、 潔く死んでもよい。…わたしはこの時『背水の陣』 を布いて起ち上がった。」(『生命の實相』第7巻 P147)

 

立教記念日とは、谷口雅春先生が自己限定を破って人間神の子を実証した日であり、もし先生が「背水の陣」を布いて起ち上がらなければ3/1の立教記念日は無かったということです。

 

★『人生はたのしく』という本の中で徳久克己先生がこんな事を書かれています。徳久先生が 先輩方から石橋をたたいて渡れと言われたので、 谷口雅春先生に石橋をたたいて渡らなければい けませんかと聞かれたそうです。

そしたら先生は「たたく石橋がなかったら何をたたく! 」と一 喝されたのです。

そして「君は橋を架けるような 人間になれ。

なかったら橋をかければいいんだ よ! 」と言われたそうです。

松田教化部長が「目標は自己限定の殻を破るためにあるんだ。」と言 われました。

まさにその通りです。

前回実績よ りも低い目標を立ててそれを達成して神の子無限力を発揮したことになるのでしょうか。

自己限定を打ち破ったことになるのでしょうか。無理だと思えるような目標を達成したときにこそ、 「汝世に勝てり! 」との魂の歓びを感じることができるのではないでしょうか。

梅の花も開き始 めました。自己限定の殻を破って神の子無限力の花を咲かせて参りましょう。

 

(T)

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