カテゴリー: 光のおとずれ

『生命の実相』は次世代へ

投稿日:2012年7月1日 カテゴリー:光のおとずれ 白鳩会教区大会 真理の証し

真理の証し 白鳩会教区大会 体験談
平成24年6月13日㈬ 於: 仙台サンプラザホール


『生命の実相』は次世代へ
太白区 鈴木恭子

ありがとうございます

私は生長の家にふれて今年で32年になります。 触れて翌年の講習会で体験を発表しました。32年前主人の父と母が病気で入院、夫も胃がんの手術となり、3人の病人を抱えることになりました。

私は苦しくて家の神棚に手を合わせて当時4歳の娘の こともあり「神様どうぞ夫をあと10年生かして下さ い」と祈りました。翌日現宮城教区の福田みどり連合会長から電話がありました。( 会長とはお互いの新婚時代に隣同士だったのでずっと付き合いがありまし た) 会長の家に行くとお見舞いを頂き、お母さんからもと言う事でお見舞いと『生命の實相』1巻と2巻を手にしました。

私は何故か『生命の實相』にひ かれて夢中になって読みました。求めていたものはこれだ、これに救われると、一晩で1巻のほとんどを感動と涙で読みました。そして次の日何年も歌う声が出なくなっていたのが鼻歌になって出るようになり、 それから3日後夫の切り取った胃からはがん細胞は発見されず術後の抗がん剤の点滴はすぐはずされ即退院となり、現在72歳になりまして何とか元気にしております。父も母も元気になりました。

ところで借りた『生命の實相』はお返して、道場に通って本を買い求めてはすぐ読んで、わからないところは当時の教化部長にしつこく何度も聞きました。最初はニ コニコして答えてくれましたが、繰り返し聞くので迷惑がられ、最後は赤ペンで「冷暖自知」と書かれま した。冷たいか熱いか自分で勉強せよということにな りました。その後近所の誌友会に参加して勉強しま した。

しばらくして母親教室を開いて下さいと勧められました。教室を開いて下さいといわれても引っ越して数ヶ月しかたっていなくて知り合いはいないし、さて困ったと思い、また家の神棚に向かって手を合わせま した。そして娘の幼稚園で知り合ったお母さん一人ひ とりを思い浮かべ「あのお母さんも幸せになりますようにあのお母さんも…」と祈る事にしました。祈り続けて約2ヶ月、思い切って子供たちの幼稚園の送り迎えの時に「コーヒーでもどうですか」と声をかけて知り合いになり、教室を開くことができました。神様ってどこにでもいると教えられていますが、引っ越したばかりだったのでお札も入っていない空っぽの神棚に祈ってのことでした。そして私は繰り返し繰り返し『生命の實相』を読んで、やがてなぜ夫が病気になったのか、そして元気になれたのか、心の法則とは、人生 とは、ご先祖さまとは、などなど全部『生命の實相』に答えが書いてありました。そして母親教室から誌友会となり、当時のメンバーは今も一緒で『生命の實相』をより勉強したいと言うことで、1巻から始まり現在29巻を勉強しています。

32年間の間には私自身は勿論仲間のみんなもそれはいろいろさ まざまな事がありました。誌友さんの娘さんが高校生の時いじめにあい相談に乗り、そのお母さんはいじめっ子と娘を祝福するコトバを毎日書いて和解する祈りとか先祖供養をしたりして解決しました。現在もいろいろありますが、その都度生長の家に助けられてみんなで泣いたり笑ったりしながら経験を積んでその経験の意義を理解して乗り越えてきました。

当時それぞれの子供達も大人になりみな人生勉強していますが、嬉しいことに生長の家が2代目にしっかり受け継がれています。一人は結婚して東京に暮らしていま すが近くの支部長さんを訪ねて誌友会に参加して今までお母さんが納めていた聖使命会費を自ら納めるようになりました。もう一人の娘さんも結婚して自分で会費を納めていて、今日も参加してくれているはずです。または息子さんが生長の家が大好きでいろい ろお世話してくれて講師試験にもチャレンジしていま す。うちの娘も「お母さんこの本に書いてあることは本当なの」って『生命の實相』を読んでいます。振り 返りますとよくここまでやってきたなぁとしみじみ思 います。

32年間生長の家を続けてきてしっかり次 の世代に引き継がれました。さらに勉強を続けてま いります。ありがとうございました。

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一人でも多くの人に御教えを

投稿日:2012年7月1日 カテゴリー:光のおとずれ 白鳩会教区大会 真理の証し

真理の証し 白鳩会教区大会 体験談
平成24年6月13日㈬ 於: 仙台サンプラザホール


一人でも多くの人に御教えを
若林区 濱口 和子

ありがとうございます。

私は仙台市の若林区荒浜に住んでいましたが、昨年 の3月11日の東日本大震災の津波で荒浜地区の 750件の家が全て流されてしまいました。

荒浜は自然に恵まれ、四季折々の風景がすばらしく住みやすい所でした。特に夏は仙台で唯一の海水浴場でしたのでとても賑わう所でした。近所付き合いも良くほとんどの方とは顔見知りで家族みたいにお付き合いしてた方も多かったところでした。

震災後、5日位すぎた頃でしょうか。不安で何もする気力がない時、連合会長に震災の何日か前にすすめられて「白鳩ジョイメール」を登録してたのを思い出したのです。すぐに中央部に”私たち家族は全員無事ですとメールで知らせました。中央部より連合会長に連絡があったそうです。そして連合会長が私に電話を下さり、無事で良かったね!と涙声で言って下さった事を今でも鮮明に覚えています。今回の津波ではみんなバラバラになってしまい、仮設住宅に入居した方、借り上げ住宅に入られた方、又遠く離 れた子供さんの所に行かれた方様々です。私は現在、 太白区の借り上げ住宅に住んでいます。仮設住宅も若林区には5カ所位あると聞いていますが、荒浜の 方が多く入居している所は私の住んでいる所から車で20分位の所にある仮設住宅です。昨年10月の講習会の推進のため、副会長と何回か訪問し、又個人的にも推進に行きました。そしてその仮設住宅から4名の方が参加して下さったのです。

講習会後、連合会長、副会長と一緒に支援物資や日時計日記、日訓等届けに御礼訪問致しました。何回か訪問しているうちに80才すぎた一人の女性が、 “私みたいに年をとっても聖使命に入会できるの?” と聞かれたのです。私は「神様とパイプをつなぐのに、 年齢は関係ないですよ!益々幸せになりますよ!」 と言った事がきっかけとなり、講習会に参加して下さっ た60代、70代の3名の方も聖使命に入会して下 さったのです。又、愛行で聖使命に入会させていただいてた3名の方々からは、この震災で生長の家に大変お世話になったという感謝の気持ちで、自分から会費 を納めて下さり、御主人やご家族の方も聖使命に入会して下さいました。生長の家に余り感心がなかった方々でしたが、更に普及誌も購読して下さるように なったのです。その方々は前向きに借り上げ住宅で元気に生活しております。

今年の1月と5月に仮設住宅の集会所をお借りし て、教区行事の一つとして、ミニコンサートを開催し、 皆さんの知っている歌、なつかしい歌を信徒でギター リストの佐藤佳樹講師に歌って頂き参加者の方に歌っていただき、最後に聖歌「地球の人よ」を合唱しま した。又、抽選会等もして、空くじなしで皆さまに日時計日記、日訓、普及誌等差し上げました。参加 して下さった方々には大変喜んでいただき、又来て下 さいとの要望もあり、取り次ぎした私にとっては嬉しく思っております。これからも続けていけるように推進して行きます。

現在、私は地区連合会長、総連合会長、また聖使命会員拡大対策部で神様のお仕事をさせていただいております。

これからも一人でも多くの方々に生長の家の御教えをお伝えし、人類光明化運動、国際平和信仰運動、 自然と共に伸びる運動に邁進していきます。ありが とうございます。

再拝

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生長の家のみ教えに救われて

投稿日:2012年7月1日 カテゴリー:光のおとずれ 白鳩会教区大会 真理の証し

真理の証し 白鳩会教区大会 体験談
平成24年6月13日㈬ 於: 仙台サンプラザホール


生長の家のみ教えに救われて
登米市 加美山清子

皆様ありがとうございます

私が生長の家に入信しましたのは30数年前、姉からの導きでした。別にそれまで何事もなく過ごしてきましたが、今から一年ばかり前のことです。家の前にコンクリートで囲まれた深さ1.8メートルく らいの堀があります。その堀のそばの草取りをしていた時の事です。体をねじった瞬間その堀に頭から落ちてしまいました。携帯電話を持っていたことに気づき娘に電話しました。まもなく来てくれて何とか堀から引き上げてくれました。

早速かかりつけの病院へ連れて行ってもらい、レントゲンの結果はみぎかた(右肩)骨折、紹介状を渡され別の病院で診てもらうことになりました。その病院からは手術しても5分5分との診断で手術方法や全治まで早くて3ケ月位かかると説明されました。私はそこで自然治癒に任せ神様にお任せすると決心しました。

生かされている自分がこのような姿になってと悔やみましたがしかたありません。その日から早速生長の家の聖経「甘露の法雨」 「天使の言葉」「続々甘露の法雨」を朝昼晩ご先祖さ まに誦げることにしました。現在我が家では地区の先祖供養祭を行っています。毎日聖経をあげているう ち生長の家の御教えの真理が自分の中にどんどん入って来ました。ある時は目の前から星が輝くようキラ キラして消えて行きまた涙がポロポロと流れて止まら ない時もありました。そうしているうちに痛みもなくなってきました。ありがとうございます。ありがとうございますと手を合わせる毎日でした。利き手の右腕は胴に固定されて、腰も痛かったので歩くのがやっとでしたが写経してみようと思い身体全体を使い写経を始めてみました。そしたら書ける、痛くない、驚きました。このような時間を与えてくれた神様ありがとうございますと唱えながら毎日を過ごしました。 そうしましたら1ヶ月とちょっとで腕の固定は外され リハビリも3回~4回で終わり、後遺症もなく全快することができました。感謝の気持ちでいっぱいです。

健康になったことに感謝して普及誌の活動者になり、 愛行に励んでおります。又昨年の大地震の後全国の生長の家の信徒の皆様より支援を頂いた物資や、仲間の人々に呼びかけあって集まった生活用品、絵本等 も一緒に登米市内の仮設住宅に入居されている南三陸の人に届けることが出来、楽しい交流をはかること ができました。

生長の家のみ教えの神想観、聖経を誦げご先祖さまへ感謝することにより、私はもとよ り家族が幸せに暮らすことが出来ました。ありがたいことに長女は支部長、次女が母親教室のリーダーをさせて頂いております。後継者ができたことに感謝の気持ちでいっぱいです。これからも多くの人々に生長の家を広めて行きたいと思っています。ありがとう ございました。

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