光のおとずれ 編集後記 平成28年10月


光のおとずれ 編集後記 平成28年10月

★ 髙坂教化部長の転勤はまさに寝耳に水でした。 もちろん一番驚かれたのはご本人だと思います。 生長の家では人事は神事ですから天命というこ となのでしょう。髙坂教化部長が宮城教区に赴任されたのは、平成23年4月1日です。小生の長い職員生活でも忘れることのできない、千年に一度の東日本大震災に見舞われた直後のこ とでした。震災で教化部業務も停止し信徒さんの安否確認をしている最中にも関わらず、故有好教化部長が3月31日で退任し、その替わりに髙坂教化部長が赴任されたのでした。教区がこんな大変な時に教化部長を替えるとは、本部は一体何を考えているのかと憤りを感じ、宮城のことを全く知らない教化部長が来ても、何の力にもならないのではないかと、正直不安に思ったことを覚えています。

★しかし、実際は違いました。単身仙台に来られ、引っ越しの荷物が届かない中、何も無いマンションで一人暮らしを始められたのです。今でも覚えていますが、初日の夜小生の携帯に「部屋に 蛍光灯がない」との電話が入りました。事前に部屋を見たときは昼間だったので蛍光灯が無いこ とに気付かなかったのです。愕然としましたが時既に遅し。事務局長として一生の不覚でした。 奥様のいない不自由な生活を続けられながらも、 髙坂教化部長は宮城教区の復興の先頭に立って 陣頭指揮を取られました。定期的に復興支援会議を開きながら支援物資の支給や支援活動に取り組み、救援募金の配付やお見舞い訪問など被災した信徒宅を精力的に訪問し励まされました。

★ 一方で教区行事の再開にも力を入れられ、5月には震災後初めて宮城練成会を再開しました。 震災後の暗闇に復興の光が灯ったような瞬間でした。又、その年は講習会の年でした。ピンチはチャンス!  禍転じて福となす! その頃の教化部長は、まさにその言葉通り「良き言葉」「明る き言葉」「前向きな言葉」を言い続け、使い続けながら会員、信徒の皆さんに真理の言葉を雨降らせ、勇気と元気とやる気を引き出され、気づいたら震災後わずか7ヶ月しか経っていないの に講習会を開催していたのです。こんなに感動した講習会は後にも先にも無かったと思います。 当時の編集後記には「10月23日、宮城教区の講習会が大感動と大感謝の内に無事終了しまし た。当初は震災の影響で受講者の激減も予想さ れましたが(聖使命会員の被災者件数は死亡、 全壊、半壊を合わせると現在300件)、何と結果は1,679名。前回実績より41名少なかっ たものの目標の1,610名は、みごと突破することができました。万歳!万歳!万歳!」と喜びが綴られています。宮城教区復活の瞬間でした。

★ 教区の最も大変な時に何故髙坂教化部長が着任されたのか。それはあの時宮城に「最も相応しい教化部長」だったからです。髙坂教化部長でなければ教区をまとめることも、復興を加速させることも、講習会を成功させることもできなかったでしょう。まさに神様の配剤としか思えません。千年に一度の震災から、宮城教区を復興させて頂いた御恩に心から感謝申し上げ、髙坂教化部長ご夫妻の今後益々のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。5年7ヶ月間のご指導、本当にありがとうございました。

(T)

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