光のおとずれ 教化部長 平成28年12月


「真理は汝を自由ならしめん」
教化部長 松田 正道

合掌 ありがとうございます。
宮城教区教化部長として赴任致しましてより、はや1ヵ月が経ちました。この1ヵ月間、宮城教区の信徒の皆さまにあたたかく支えられながら、一歩ずつ教区の雰囲気に親しみ 、人々とのふれあいをさせて頂いているところです。これからも少しでも早く、そして一人でも多くの人々と接しながら、生長の家の真理を学びつつ、皆さまと共に信仰を深めさせて頂きたいと念願致しております。

さて、生長の家では「五官の世界を去って実相の世界に入る」と宣言して、神想観を修します。つまり、五官で感ずる世界(現象の世界)に如何なる姿が現れていようとも、心はクラリと実相の世界に振り向け 、その真っ只中で本当に実在せる素晴らしい境涯を観じ続けるというのが神想観なのですね。世の東西・時の新旧を問わず、聖者は異口同音にして、ある事を宣言していることにお気づきでしょうか。生長の家創始者・谷口雅春大聖師は『新版 詳説神想観』の「はしがき」の中で次の通りお教えくださっています。

「真理は汝を自由ならしめん」とキリストは教えたのであるが、真理を自覚し得たものは自由自在を得るのであって、それを仏教では解脱と言う。真理を自覚して大自在の境地にまで解脱したる者を仏教では覚者すなわち仏陀と言うのである。「解脱を以って仏となす」と涅槃経に は録されている。キリスト教も仏教も結局は、真理を知ることによって 、一切の苦悩その他の繋縛から脱して大自在の境地に衆生をして達せ しめんとするのがその教えの最後の目標だと言い得るのである。

(同書「はしがき」一頁より)

ここには、真理を自覚し得たものは自由自在となるということが書かれています。仏教に的を絞ってみてみましょう。仏教の最大の目的の一 つに「悟り」があげられます。仏教ではその悟りを開いた者を覚者・仏陀と言います。釈尊が道を求め苦行の末、ブッダガヤの菩提樹の下で「悟り」を開いたのが12月8日だと云われています。この聖なる日を記念して、仏教各宗共通に行われる行事が「成道会(じょうどうえ)」 と呼ばれる仏教界で最も敬虔な仏教法要なのです。この「成道会」は、 「涅槃会(ねはんえ・3月15日)」「灌仏会(かんぶつえ・4月8日)」 と共に、釈尊三大法会の一つとして営まれてきました。このように仏教では古来から「悟り」を信仰の大きな目標にしていたのです。特に禅宗の僧堂では、12月1日から8日の明け方にかけて釈尊の成道にあやかって「接心会(せっしんえ)の行」という、昼夜を問わず座禅を修する という厳しい修行を実践してきました。

皆さんも既にご理解頂いていると思いますが、生長の家では難行苦行を修して悟りを開くという荒行は行いません。私たちは、常に神の御心 ・仏の御心に吾が心の波長を合わせて、本当の世界(実相世界)を直視し、自覚するのですね。この様に「三正行」を実践し、真理を自覚し得たものは自由自在を得ることが出来るのです。「神意の天になる世界、 既に地に成就せり」のイエスの言葉そのものの世界が実現するのです。

この月(12月)、いよいよ当地宮城では寒さもつのって参ります。しかも一年最後の月、生長の家では平成28年度最終の月でもありま す。この一年に接した人・物・事に感謝して一年の締めくくりの準備を致しましょう。ありがとうございます。

感謝合掌

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