喜びの聖使命会員 平成29年2月


「我が子は聖使命菩薩」
名取市 伊藤 博 さん

合掌 ありがとうございます。
私が生長の家に触れたのは、親が生長の家を信仰していたので、子供の頃から自然と教えにふれ、高校生の頃は生長の家の本を愛読しこの教えと共に人生を歩んで行こうと思っていました。

その後、高校を出てから東京の大学へ行き卒業後、 東京の建設会社(ゼネコン)に就職しました。

バブル景気の時期でしたので仕事も忙しい中、仕事と並行して青年会にも入会し活動にも精を出していました。そんな中31才の時に結婚をして2人の子供にも恵まれました。

 

しかし、最初の男の子が生まれた時、生まれながらの腎臓のぼうこう機能障害と知能障害を合わせもって生まれました。

生まれて間もない頃から入退院を繰り返し15才の頃までに何回もの手術もしました。

家内も付添いで病院に泊り込んだり私も仕事帰りに病院に見舞いに行き随分と長い間、息子も病院生活をしていました。手術をするたびに息子にこんな痛い思いをさせてすまないと思い、家内もどうしてうちの子だけがと「私が子供の身代わりになりたい」と涙ながらに話すこともあり、子供のことで夫婦喧嘩をすることもたびたびでした。

そして今こそ生長の家の実践だと思い、神想観、聖経 読誦をして「我が子は神の子、実相円満完全、病気はない」 と真剣に祈り、聖使命にも入会しました。

その後は成長と共にだんだんと良くなり今ではオシッコの管を腰袋に入れてはいるものの元気に施設に勤めています。

 

生長の家では泌尿の病気は夫婦不調和が原因とも教えられています。我が子は身をもって夫婦調和の大切さを教えて くれる聖使命菩薩だったのです。

 

再拝

カテゴリー: 光のおとずれ, 私の日時計日記   パーマリンク

コメントは受け付けていません。