光のおとずれ 編集後記 平成29年9月


光のおとずれ 編集後記 平成29年9月

★ 「あゝモンテンルパの夜は更けて」という曲を ご存知でしょうか? 昭和27年渡辺はま子さん のヒット曲です。

この曲を作詞作曲された方は 終戦後フィリピンのモンテンルパの刑務所に戦 犯として収容された日本人捕虜でした。

フィリ ピンは日米最大の決戦場となったため、首都マ ニラの市街戦だけで十万の市民が犠牲となり反 日感情が燃え上がり、その矛先は日本人戦犯に 向けられました。

裁判とは名ばかりの、冤罪による死刑宣告を受ける日本人が後を絶ちませんでした。「無実の死刑」が次々に行われたのです。

日本人捕虜を救うために現地で戦犯釈放運動に 取り組んだのが教誨師・加賀尾秀忍氏でした。

加 賀尾師はG H Q の指令でモンテンルパに赴任し ましたが、6 ヶ月の任期が終わった後も現地に 留まり、日本人全員が帰国するまでは自らも帰 らぬ覚悟で釈放運動を続けました。

日本人捕虜 に歌を作ることを勧めたのも加賀尾師でした。

 

★ 加賀尾師はフィリピンのキリノ大統領との会 見にこぎつけます。大統領は加賀尾師らが戦犯 の釈放を求めてくるだろうと身構えていました。 大統領の奧さんと3 人の子供、5 人の親族が戦 争の犠牲となって亡くなっていたのです。

加賀 尾師はおもむろに写真帖を取り出しキリノ大統 領に差し出しました。大統領が表紙に手を触れ るとオルゴールが鳴り出したのです。その曲が「 あゝモンテンルパの夜は更けて」でした。

望郷の 思いが込められた曲が大統領の心の琴線に触れ、 大統領は2 名の日本人捕虜の釈放を約束するの です。しかし、加賀尾師は全員釈放に向けて最 後の力を振り絞り、遂に昭和2 8 年7 月4 日フ ィリピン独立記念日にキリノ大統領の恩赦によ って日本人105名の「全員釈放」が実現しまし た。

「私は、妻と3 人の子供5 人の親族を日本人 に殺された者として、彼らを赦すことになると は思いも寄らなかった。… 私は、キリスト教国 の長として、自らこのような決断をなし得たこ とを幸せに思う。

私を突き動かした善意の心が 人類に対する信頼の証として、他者の心の琴線 に触れることになれば本望である。

人間同士の 愛は、人間や国家の間において常に至高の定め であり、世界平和の礎となるものである」( エル ピディオ・キリノ大統領) 昨年1 月フィリピンを ご訪問された皇后陛下の御歌「許し得ぬを許せし 人の名と共にモンテンルパを心に刻む」。世界平 和の礎は、何時の時代も愛と許し、和解と調和 だと思われた次第です。

9/27は教化部で「大 調和の神示祭」を執り行います。万物調和・世界 平和・講習会の大盛会を祈りましょう。(T )

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