光のおとずれ 編集後記 平成30年1月


光のおとずれ 編集後記 平成30年1月

★新年明けましておめでとうございます。平成30年を寿ぎ皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

工藤房美さんの『遺伝子スイッチ・オンの奇跡』を読 んで、改めて「当たり前の幸せ」を教えられました。 工藤さんは48歳のときに子宮ガンを発症します。発見時にはすでに末期でした。バルスという苦しい治療を3回。それはタオルを口に詰め込まれ3時間動けないまるで拷問のような治療で、3時間泣き叫び一睡もできませんでした。2回目の治療の前日、友人が村上和雄先生の『生命の暗号』という本を届けてくれました。「人間のDNA のうち実際に働いているのは5% 」「 人間はいつも前向きで元気でハツラツしていると良い DNA をオンにし悪いDNA をオフにする」それなら、私の眠っている良いDNA がオンになったら今より元気に なるかもしれない。そう思った工藤さんは、これまで 人生を支えてくれた遺伝子にお礼を言ってから死のうと思い、髪の毛、目、腕と、自分の身体の隅々に「ありがとう」を言い続けたそうです。2回目の治療中も 「ありがとう」を言い続けました。そしたら拷問のような治療が痛くありませんでした。3回目も同じでし た。その後も自宅療養中ずっと「ありがとう」を言い 続けたのです。1ヶ月半後、医師の診察を受けたとこ ろ子宮ガンが綺麗に無くなっていたのです。

 

★ところが、ガンは肺と肝臓にも転移していました。「 余命1ヶ月」と宣告されるのです。抗がん剤治療で髪の毛が全部落ちました。10万本くらいあった髪の毛を全て集めて、毎日1本1本に「ありがとう」と言い 続けたのです。すると有り難い気持ちが雪のように積 もってきて、一切のことが悲しくも苦しくもなくただ 有難い気持ちになり、生まれて初めてのような幸せな気分になり、感動の涙が滝のように流れてきました。 余命1ヶ月もないなら残りを家族と過ごしたい、その後の抗がん剤治療を休みます。3ヶ月後に出た検査結 果で何とガンが全部消えていたのです。しかも、医者が言わなかった骨のガンも消えていました。

 

★元気になった工藤さん。知り合いのネパール人のコ ックさんとカレー店を始めました。そして、彼らの行 動に驚きます。彼らはキッチンに入ったら何と水道の蛇口、ガスの元栓の前でヒンズー教のお香を焚き、お経を唱え始めたのです。聞くと、日本人は水やガスが 出るのは当たり前かもしれないが、世の中に当たり前の事なんかない。日本で働けること、水が出て火がつ くことを神様に感謝している、と言うのです。彼らが 日本に来て一番良かったことは、「安心して眠れること」だそうです。インドやネパールでは孤児院のような施設が無いので、親が亡くなると親戚の人が来て子 供を売るそうです。日本はどれ程有難い国なのか。しかも日本では、天皇陛下が元旦の早朝から「四方拝」 というお祭りをして国の安泰と国民の幸福、世界の平 和を祈られるのです。こんな国は世界中で日本しかありません。髪がある。親がいる。家族がいる。水やガスが使える。安心して眠れる国がある。今年はそんな 「当たり前の幸せ」に日々感謝する1年にしたいと思 った次第です。今年も宜しくお願い致します。

(T )

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