光のおとずれ 編集後記 平成30年2月


光のおとずれ 編集後記 平成30年2月

★NHKの大河ドラマ「西郷( せご) どん」が始まり ました。今年は明治元年(1868年) から150年の節 目の年です。当時は欧米列強がアジア・アフリカの有色民族国家を根こそぎ植民地支配していた時代でした。 その中でわが国だけは明治維新を成し遂げ、近代国家として新生し、国家の独立を守りました。明治維新は世界史の奇跡であり、歴史的偉業と言えるのです。その明治維新の最大の功労者が西郷隆盛です。幕府軍と官軍の全面戦争を回避した江戸城での「談判」。幕府軍の代表として西郷とまみえた勝海舟は後年こう語っています。

「西郷はおれの言うことをいちいち信用してくれ、その間一点の疑いをはさまなかった。『色々む づかしい議論もありましょうが、私が一身にかけてお引き受けします』西郷のこの一言で江戸百万の生霊もその生命財産を保つことができ、また徳川氏もその滅 亡をまぬかれたのだ」「今日の日本があるのはすべてみ な西郷のおかげだよ」

と。
談判終了後、西郷は政府や 官軍の人々から徳川に譲歩しすぎたと猛反発され、勝もまた幕臣から裏切り者と非難されました。しかし、西郷も勝もあらゆる批判に屈せず、万難を排して皇国 日本の新生に一身を捧げたのでした。

 

★明治維新の完成は明治4年の廃藩置県の実行でした。 廃藩置県もまたとても困難な事業でした。これも西郷の決断と指導のもとに実現したのです。明治天皇は西郷をよび、この重大事の実行においてもし不測の事態が起きた場合いかに対処するかにつきご下問されました。すると西郷は「おそれながら、吉之助がおります れば、御心を安じ下さいませ」と一言きっぱり申し上 げました。天皇はその言葉に深く安堵されたのです。 しかし、薩摩藩の藩主だった島津久光は廃藩置県に猛反対でした。ですから西郷を「不忠者、裏切者」と激しく怒り、憎んだのです。西郷はこのような久光を主君に持ちながら、明治維新というわが国最大の変革に自己を捧げました。このような西郷を誰よりも深く親愛し信頼してやまなかったのが明治天皇でした。明治天皇が身近に西郷に接せられたのはわずか2年余り、 19歳から21歳の時ですが、西郷から受けた感化は甚大でした。明治天皇は欧米より「大帝」とまで称賛されましたが、天皇がかくも偉大になられる上で最大の人格的感化を及ぼしたのが西郷隆盛だったのです。 明治天皇は西郷について次のような御製を詠まれてい ます。

「おもふこと なるにつけてもしのぶかな もと ゐさだめし人のいさをを」( 世界の一等国になったいま偲ばれるのは、明治維新という国家の礎を定めた西郷隆盛である)

 

★ 「人を相手とせず、天を相手にせよ。天を相手にし て、己を尽くして人を咎めず、わが誠の足らざるを尋ぬべし」

「天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛す る心を以て人を愛するなり」

今も心に響く西郷が遺した珠玉の言葉です。間もなく2/11の「建国記念の日」を迎えます。国旗を掲げて建国2678年を祝うと共に、欧米列強の外圧からわが国の独立を守り抜いた明治維新。その歴史的大事業を成し遂げた先人達にも思いを馳せ、感謝したいと思った次第です。

(T)

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