真理の証し 宮城教区講習会 体験談


平成29年度 宮城教区講習会 体験談
平成29年11月26日(日)
於: 仙台サンプラザホール
白鳩会郡山支部 寺﨑貴代さん

何年も前に遡りますが、嫁ぎ先の義母が生長の家を信仰していました。3人の子供に恵まれ、下の子が小学生になった頃、子育てに迷いがあり、母に相談したところ、宮城の練成会に行く様すすめられました。あまり気はすすまなかったのですが、昭和56年5月の練成会に参加しました。練成会を受けたものの、人を責める母の態度からどうしても素直に生長の家のみ教えを受け入れる事が出来ませんでした。

何度か誌友会に参加しているうち、相手を変えるのではなく、自分が変わらなければ幸せにはなれないという練成会で学んだことを思い出し、日々努力したことを覚えています。ところで、その頃、今でこそ生長の家の活動の一環でもあるプロジェクト型組織の3つの中の一つ、クラフトであるパッチワークに出会いました。もともと物を大切に生かして使う生き方をしてきたので、ワクワク楽しい気分になりました。何故なら、子供達の小さくなり捨てようと思っていた洋服がバックや座布団カバー小物等に変身していったからです。

平成になり、支部を分けつすることで支部長を拝命しました。現在、わが家ではエコ生活を実践することを目指した「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」いわゆる「Bタイプの誌友会」を毎月開催しています。

不要になったネクタイ、ハンカチ等を使い、ブローチ、ネックレス、エコバックを作っています。パッチワークで出会った仲間達にも講習会や教区大会に参加して頂いています。 不要になった着物や生地がたくさんの方達から集まって来るのです。 どうしようかと迷ったあげく、丁寧にほどき、ぬるま湯で洗い、陰干ししアイロンをかけると見事に復活するのです。また、その生地をつなぎ合わせたりして、仕立てて行くと魔法にかかった様に生まれ変わります。

私が55歳の時、主人が脳梗塞となり、手足の後遺症はありませんでしたが、方向が全く分からない見当意識障害が残りました。ですから仕事も出来なくなりました。見た目は普通の人と変わりなく、会話もできたし、一緒に散歩や旅行に行くこともできました。しかし、病気は徐々に進み、手足に痛みが出るようになりました。一緒に「実相円満完全・・・・・」と唱え続けました。一時的に痛みが止まるのか、自分から唱える様になりました。私が家を留守にする時などは谷口雅春先生のご講話のテープや聖歌集のテープをいつでも聴けるようにして出かけました。夫は日々安らかな生活を送っていたのか、いつもお母さんありがとう、ありがとうと感謝していました。その夫は9年間の闘病生活を終え、平成21年4月、安らかに昇天しました。主人が亡くなり一段落し、仕事復帰しようとした次の年、今度は実家の94歳になる母の介護が始まったのです。身の回りのことは出来る母でしたので、一緒にいて転ばない様に見守ることでした。お金に余裕もなく、仕事にも復帰できませんでしたが、母といる時はいつも昔話をしたり、一緒に雑巾を縫ったりと楽しい介護生活ができました。「子育てと親の世話は見返りを求めない愛なのだから、その先には必ず幸せがある」と生長の家の教えがあったからです。精一杯愛を出してお世話させて頂きました。そして一年後、あの忌まわしい「東日本大震災」が起きたのです。実家は太平洋からすぐ近くです。その日、母と妹と3人でいました。外を見ていた妹が「津波だ!」と叫んだので、とっさに2階に逃げようと言い、2人で母を引きずりながら2階に上げた瞬間、2波と3波が同時に玄関のガラス戸を壊し「ガーッ」と水が入ってきたのです。何が起きたのか分からず、我に返った時、私たち3人は神様に生かされたんだぁーと実感しました。ベッドに静かに寝ている母を見て、水に浸かることもなく、助けられたことに安堵しましたが、95歳という高齢、また震災のストレスもあり1ヵ月後の4月12日昇天したのです。 2人の母も今年で7回忌を迎えました。このような節目の年に体験談をさせて頂いた事に深く感謝致します。

私も時間に余裕のできた今、趣味でもあるクラフト、食では地産地消、有機野菜を優先的に選び、また自ら畑に種から育て、収穫した大豆で自家製の味噌を作り皆さんに喜ばれています。毎年ジャガイモ、らっきょう、カボチャ等栽培し収穫しています。

このように私は信仰と生活を一致させ、生長の家で教えて頂いた「神の子人間」という真理をしっかり学び、心から感謝し、理解し生活に生かしてこれからの人生を、出逢いを大切に、明るく、楽しく、元気に邁進していきたいと思います。 ご清聴ありがとうございました。

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