光のおとずれ 教化部長 平成30年9月


「日々の生活に心安らかな時間を・写経のすすめ」

生長の家宮城教区教化部長 松田正道

合掌 ありがとうございます。 常日頃より、明るく語り、楽しく集い、元気よく運 動を展開してくださいます宮城教区信徒・誌友・会員の皆様、ありがとうございます。

さて、日々の生活をしているうちに、その生活が当たり前と思っていませんか? 空気があること・水があること・食物があること・父母が自分を産んでくださったこと・ 夫や妻がいること……等々、しかし日常の当たり前ほど本当はありがたいことはないのです。日々の何気ないことすべてに感謝して生活する、つまり天地一切のものへの感謝の生活をすることが如何に大切かということが分かります。私たちは自然界から遠ざかった生活をするうちに、日々の生活の中でこれは自分にとってこんな意味がある・こんな利点があるというような「意味優先」の生活を、知らず知らずのうちに行っていることがあります。これは生活を利害で捉える傾向にあり、あまりお勧めできません。 生長の家総裁・谷口雅宣先生はご著書『日時計主義とは何か?』の中で、次の通りお 教えくださっています。

都会の生活ではどうしても、このような「意味優先」の見方になりがちだ。だか ら「感覚優先」のものの見方に切り替えることで、普段見えなかった何か素晴らしい ものが、モノトーンで平板な意味の裂け目から顔を出し、また聞こえてくるという可 能性があるのである。 (『日時計主義とは何か?』68頁)

私たちは日常の喧噪の中で、時には利害の世界を捨てて、心静かに感覚の世界に身を投じてみませんか。一文字一文字に感謝の念を抱きつつ「写経」をすることをお勧 めします。生長の家創始者・谷口雅春先生は『光の泉』誌で次のようにお説きくださ っています。

一字一字、感謝の念に心を集中しながら余念なく真理の言葉を写しながら、その 深いところへ這入って往くと〝人間・神の子、本来無限力〟という文字と自分のいのちとが一体になり、人間無限力の意味が潜在意識の底の底まで自覚されるから、すべてがよくなるということなるわけであります。現象の御利益の前には〝心〟の自 覚という根本問題が大切なのであります。 (『光の泉』誌 昭和47年10月号より抜粋)

今月27日は、生長の家の教えの根幹が説かれている『大調和の神示』の天降っ た日であります。この日、教化部では「大調和の神示祭」を挙行致します。この日に 向けて、どうぞ虚心になって同神示の写経を致しましょう。日々の慌ただしい生活に、 心休まるひとときを創ることによって、内なる神様に供え物を献ぐる大切な時間と致しましょう。そして事前に教化部にご提出の上、当日は御祭りにご参列ください。そ れでは末筆になりますが、その『大調和の神示』を掲載致します。ありがとうござい ます。

感謝合掌

 

『大調和の神示』 汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき、天地 一切のものは汝の味方である。天地一切のものが汝の味方となるとき、天地の万物何 物も汝を害することは出来ぬ。汝が何物かに傷けられたり、黴菌や悪霊に冒された りするのは汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ。わ れ嘗て神の祭壇の前に供え物を献ぐるとき先ず汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意 味である。汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。神に感謝しても父 母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。天地万物と和解せよとは天地万物に感謝 せよとの意味である。本当の和解は互いに怺え合ったり、我慢し合ったりするのでは得 られぬ。怺えたり我慢しているのでは心の奥底で和解していぬ。感謝し合ったとき本 当の和解が成立する。神に感謝しても天地万物に感謝せぬものは天地万物と和解が 成立せぬ。天地万物との和解が成立せねば、神は助けとうても、争いの念波は神の 救の念波を能う受けぬ。皇恩に感謝せよ。汝の父母に感謝せよ。汝の夫又は妻に感 謝せよ。汝の子に感謝せよ。汝の召使に感謝せよ。一切の人人に感謝せよ。天地の 万物に感謝せよ。その感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救を受けるであろう 。われは全ての総てであるからすべてと和解したものの中にのみわれはいる。われは此 処に見よ、彼処に見よと云うが如くにはいないのである。だからわれは霊媒には憑ら ぬ。神を霊媒に招んでみて神が来ると思ってはならぬ。われを招ばんとすれば天地す べてのものと和解してわれを招べ。われは愛であるから、汝が天地すべてのものと和解 したとき其処にわれは顕れる。

(昭和6年9月27日夜神示)

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