光のおとずれ 編集後記 平成31年1月

光のおとずれ 編集後記 平成31年1月

★新年明けましておめでとうございます。
平成31年 を寿ぎ皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

平成30年の世相を表す「今年の漢字」は”災”でし た。西日本豪雨や北海道胆振東部地震など、災害の多 い年だったことが理由のようです。今年は是非とも”災” 転じて”福”となす年にしたいものです。

毎月の普及 誌に掲載されている「生長の家インフォメーション」 には、「悪現象( 会社のリストラ・夫婦の不調和・病 気など) には、これまでの自分の生き方を方向転換す べきことを教えてくれる”チャンス”であるという光 明面があるのです。」と書かれています。私事で恐縮 ですが、昨年の11月、母が食欲不振で一ヶ月間入院 するという出来事がありました。食欲旺盛だった母が 全く食べなくなり、毎日寝てる姿に心配になり病院で 診察してもらった結果、お腹に炎症が見つかり入院治 療することになりました。練成会の「祈り合いの神想 観」で母の実相顕現を祈ってもらった時、母の病気の 原因が自分にあったことに気づかされました。自分の 愛情不足、表現不足が原因だったことに気づき、心か ら懺悔してそれから母と会話をするようにしました。 その直後の入院だったので、一ヶ月間毎日お見舞いに 行き1~2時間母と会話をするようにしました。その 間、聖経十巻読誦や「祈り隊」の皆様からも、母の実 相顕現を祈願して頂きました。病院に行くたびに母が、 「( 病気で入院していても) 痛くもない、苦しくもない、 眠れるのは本当に有難い。これも皆さんが祈ってくれ ているお陰だね。祈りの力は凄いね」と、大変感謝し ていました。お陰様で全ての数値が平常に戻り、食欲 も回復して無事退院することができました。その意味 で、母の入院は家族や兄弟にとっては心配事でしたが、 小生にとってはまさに自分の生き方を方向転換すべき ことを教えてくれる”チャンス”となったのです。

 

★災害と言えば、今から232年前の天明7年(1787) に「天明の大飢饉」が起こりました。全国的に凶作に 見舞われ数万人が餓死、百万人近い人々が疫病で亡く なりました。人々は京都所司代や京都町奉行所に嘆願 しましたが幕府は効果的な救済策を出さず、江戸や大 坂では一揆や打ち壊しが頻発しました。幕府に落胆し た人々は天皇に救済を求め、御所の周りを回るように なります。これは「御所千度参り」と称されました。 きっかけは天明7年6月初め頃に京都市中の所々に張 られた札で、豊作を願うため御所へ千度参りしようと 呼びかける内容だったのです。初めは10人、20 人だったのが、全国からも参拝者が増え日によっては 3万人、最高では7万人に達したと言います。時の天 皇は第119代光格天皇です。光格天皇はすぐさま京 都所司代に使者を派遣し、幕府に窮民救済を講じるよ う申し入れました。朝廷が幕府に指示を出されるのは 異例のことでしたが、幕府はこれを受けて千石の救い 米による救済措置を講じたのです。その際詠まれた御 製が、「みのかひは何いのるべき朝な夕な民安かれと 祈るばかりぞ」です。朝夕に祈るはただ万民の幸せだ けだという歌です。光格天皇もまた国民を慈しまれま した。人々の祈りが光格天皇を動かし、異例とも言え る幕府に対する「窮民救済勅書」となり、救い米とな って多くの命を救うことになりました。”災”を転じて “福”となしたのは、まさに人々の”祈り”であり天皇 の”祈り”でした。平成31年元旦には教化部で「元 旦神想観始め」があります。平成最後の「元旦神想観 始め」に参加して、今上陛下の「四方拝」に併せ国家 国民の幸福と世界平和の実相顕現を祈り、今年は”災” ではなく”福”となす一年に致しましょう。

( T )

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