光のおとずれ 編集後記 平成31年3月

光のおとずれ 編集後記 平成31年3月

★ 「贈られしひまわりの種は生え揃ひ葉を広げゆ く初夏の光に」。今年の歌会始で詠まれた天皇陛下 の御製です。このひまわりの種は、阪神・淡路大 震災で犠牲になった加藤はるかさん( 当時11歳) の自宅跡に半年後の夏に咲いたひまわりが、「はる かのひまわり」と名付けられ復興と鎮魂のシンボ ルとして全国にその種が配られたものです。両陛 下も平成17年に阪神・淡路大震災十周年追悼式 典のため神戸を訪問された際、遺族代表からその 種を贈られました。両陛下は御所の庭に種をまき、 毎年ひまわりを観賞し咲き終わると種を採取して 再び種をまいていたのです。被災地を忘れること なく被災者に心を寄せられ続けてこられたのが天 皇皇后両陛下でした。東日本大震災直後の3月 16日、未曾有の大震災に際し天皇陛下は「国民 一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも 長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復 興の道のりを見守り続けていくことを心より願っ ています」とのお言葉を述べられました。あれか ら8年目の3/11を迎えようとしています。教 化部では「東日本大震災物故者追悼八周年慰霊祭」 を開催致します。被災した方々のご冥福を心から お祈りし、「神・自然・人間の大調和した世界」の 実現を誓う日にしたいと念願する次第です。

 

★東日本大震災の時に復興の合い言葉となったの が「絆」でした。千年に一度と言われた大震災は、 死者・行方不明者数で戦後最大の犠牲者を出しま した。反面、被災者同士が励まし合い、助け合い、 秩序を守り、協力し合っている姿は世界の賞賛を 呼び、勇気と感動を与えたのでした。その震災で 母娘の「絆」を取り戻したのが松田あゆみ職員で した。母文江さんが講習会で話した体験談です。「 この大震災のあと、私には喜びばかりがつながり ます。娘のこともそうです。解雇になって戻って きてからだんだんに二人の間に築き上がっていた 高い壁は日毎に低くなっていき会話もその辺の母 娘の会話に似てきてどんどん和やかになり、娘の 口から『おかあさん!』って自然に出るようにな っていたことにふと気づき、目のあたりが熱くな ってしまった私でした。日に日に柔らかくなって ゆく娘の言葉や態度に、改めて私が変わらなけれ ばならなかったことを思い知りました。」その娘は、 その後教化部職員となり、宮城の光明化運動に活 躍することになり、事務局次長として宮城の将来 を担う人材に成長しました。ところが、そのあゆ み次長がこの度国際本部に奉職することになりま した。しかも3/1からです。吾々にとっては断 腸の思いですが、立教90年の記念すべき日に奉 職するのはやはり神縁としか言いようがありませ ん。あゆみ次長には「今起て! 」の立教の精神を 忘れずに、これからは本部職員として更に成長し てくれることを心から念願する次第です。フレー フレーあゆみ!ガンバレガンバレあゆみ!

( T )

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