日本・世界中の祈りに感謝  石巻 佐伯英子


合掌、ありがとうございます。

皆さんに生きてこうして会えてよかったですね。この地域の皆さん大半の人が危機一髪のドラマがありますよね。一歩間違えたらこの場にいないという話になります。

私も信号ひとつ早く渡って右に曲がってたら、この場にいないと思います。信号の手前で地震に遭って右に曲がらず直行、我が家に戻って戸じまりして逃げました。

川の方から車が次々逃げてくるのに私達母娘は川に向かって走りました。門脇小学校の前を通って子供達が校庭にしゃがんで並んでいるのを見ました。その何時間後、テレビでよく見る通りです。

避難所生活は16日まで。はじめは油揚一枚を10人で分けて一日の食事でした。何の味つけもない一口の油揚のおいしかったこと。次の日は豆腐二丁を5人で食べました。あるだけましかと。

教室の三階にいたのでなかなか届かなかったようです。でも体育館にギューギューづめより住み心地は良かったはずなのでしかたないと思いました。

日が短いあかりもないところで、若いおとうさんがギターを持ってきて歌ってくれました。この家族は二晩で家に帰れたんですが。昔は生長の家の信徒さんだったはずの方と一緒の部屋で楽しくお茶をしました。災害のおかげで色々な人に出会いました。

災害のお陰で孫とも三ヶ月以上一緒にくらせました。入園入学・息子の転勤と大忙しの手伝いもできました。

娘のところには楽譜がたくさんおくられてきました。全然しらない人たちからも、生長の家の方からも届きました。送料かけて送ってくれます。

世界中何かしたい人がいっぱいいるそうです。

我が家は足場がものすごく悪く、電気も水もない状態で運んで来てもらって洗ったり荷物を出したりしてもらいました。たぶん、どこよりも大変だったはずです。私は無理だし危険だしとおことわりしましたが、本部と教化部の若い人たちの知恵と力と情熱で本当にきれいにしてもらいました。

自分の家のように一生懸命作業してくれる若い人達を見ていた主人がものすごく感動して喜んでおりました。

そのあと三年もかかると思った電気も水も三ヶ月にして届きました。 その間の巡りの良いこと、都合よく都合よく運んで、今度はどんなことになるか楽しみになるくらい巡りがよくて不思議でした。

震災以来、神想観も聖経読誦も一切やめてサボっていたのに、どういうことかといつも思っていました。ある時ふと気づきました。これは祈って頂いてるからだと。これは祈りの力しかないと思いました。日本中、世界中の皆さんのご愛念を頂いているからだと気づきました。ただただ感謝です。本当にありがとうございます。

私が孫とすごしている間、大変な状態の中に亡くなった昆野なほ総連会長さんの分も動いてくれた我が総連会長の阿部弘子さん本当にご苦労さまです。ありがとうございます。

作業する若い人たちを泊めてくれたり差し入れしてくれたり大橋さん、阿形さん。阿形さんには我が家の掃除用の水を、20ℓタンク10コで何回もいただいてきました。本当にありがとうございます。

想定外にたくさんの方にお世話になりました。

私に早くに写経を送ってくれた福田会長さん、眠れるから抱いてねるようにと。実は寝てないのは会長じゃないかと思いました。部長先生始め、教化部の皆さま、各組織の会長さん方中心に、被災していると同じように、またそれ以上に大変だったと思います。

お心づかいご配慮頂きまして本当に有難く感謝申し上げます。ありがとうございます。これからは講習会に向けてがんばって行きます。

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