88歳の母、娘と念願の富士山へ 青葉区 松田文江さん


「88歳の母、娘と念願の富士山へ」
平成 23年 7月11日~13日河口湖練成会 「喜びの参加報告」

青葉区 松田文江さん

合掌 ありがとうございます。まず、遅くなってしまいましたご報告を心よりお詫び申し上げます。このたびの、ご配慮に、ご縁に 神の慈愛に只ひたすらに感謝を申し上げております。母と娘と共にありがたき練成会に参加をさせていただきまして本当にありがとうございました。

次から次へと、心にしみこんだ話の数々出会った方々の笑顔の数々、よろこびにはずむ声の数々。あれからずっと思い出しております。88才の母を同行させていただきましたことは、とりわけ感謝のおもいがはちきれております。「私、ほんとうに行ってきたんだっちゃねーみなさま、神さまありがとうございます」と母は顔をほころばせ合掌しては云っております。何より足が痛い!とか、涙が出て涙が出てひどい!と帰ってから口に出さないのがうれしくてなりません。

岩本先生のお話しは、小さい頃の体験談が私とよくよく似ていたので聞き入っておりましたと同時に ”まだまだあまいな、私 “ と思いました。どの先生の体験談もものすごい底力を感じ、あらためて人はすごい。神さまの力ってものすごい!!と思いました。

私は40年程前、伊豆や箱根、富士方面のバスガイドをして働いておりましたが、家を出るのを大反対する父を説きふせて出してくれた母のおかげで実現したことでした。一枚でもよけいお金を送って母をよろこばせたくて(ほんとうは姉たちの様に認めて欲しくて)給料の一番良い会社を選んだらそれがバスガイドの職だったのですが・・・・・

その頃、富士山を案内しながらいつか父や母をつれてきたいと思ったものでした。そうしてこの度その思いがかなったことはこの上なき喜びごとです。

この地震災のあと、私には喜びばかりがつながります。娘のこともそうです。解雇になって戻ってきてからだんだんに二人の間に築き上がっていた高い壁は日毎に低くなっていき会話もその辺の母娘の会話に似てきてどんどん和やかになり娘の口から「おかあさん!」って自然に出るようになっていたことにふと気づき目のあたりが熱くなってしまった私でした。日に日にやわらかになってゆく、娘の言葉や、態度にあらためて私がかわらなければならなかったことを思い知りました。満を持してのこの練成会はまるでそんな私と娘を祝福して下さる為の・・・・と思えました。

河口湖練成会から帰っ て、感動した富士山を喜び描く 佐藤なみ子さん

今、小さい頃から願い続けた母と、あたたかな関係に幸せを感じさせていただける一緒にいる時間。そして普通に気を楽にしたままできる娘との会話。なんて私は幸せ者なのでしょう。つくづく神さまの愛の大きさを感じ心から手を合わせ、感謝をしております。

「生長の家の大神さま ありがとうございます。
生長の家のみなさま ありがとうございます。
生長の家の家族に加えていただきましたことを心より感謝し、これから誰かの役に立たせていただくことを第一として生き切ります」

そう唱えつつ、明るく笑っていられる私がとても好きです。大好きになりました。

こうなれましたのもみなさまのおかげさまです。ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。帰宅後、次の朝、しみじみとひとりごとのように娘が云ってました。

佐藤なみ子さん作成。教化部に寄贈されまし たので、是非一度ご覧下さい。

「よーし 私これから かわるぞ! 自分にいくら自信があっても他人を不愉快にさせたり、迷惑をおよぼすようなことのないように充分言動や行動には気をつけるぞー!!」って、娘も又、どんどん変わってゆく力が湧いてきております。ありがたいことですうれしいことです。今私は、とっても、とっても、幸せですありがとうございます。

合掌

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