光のおとずれ 編集後記 令和2年12月

光のおとずれ 編集後記

★ 早いもので今年も師走。「コロナに始まりコロナ に終わる」と思うと遣る瀬無い1 年になりますが、 「祈りに始まり祈りに終わる」私達の1 年は、コロ ナ禍でも神様に祝福された素晴らしい年となったの ではないでしょうか。

私事で恐縮ですが、私の娘も この1 2 月にようやく結婚することになりました。 娘の半身を聖使命会員に入れて、神様にお祈りしご 先祖様にお願いすること8 年。今年の2 / 2 3 の天 皇誕生日に初めて娘から彼氏を紹介され、その後何 度かわが家にも来て話をするようになりました。

わ が家の子供たちのことは練成会等でも話しをしまし たが、3 人とも親とはほとんど話をしません。こち らから話かけてもスル― されるか頷く程度、会話が 成り立ちませんでした。何でこんな子供に育ったの かと悩みの種でしたが、ナント結婚相手がよくしゃ べる方だったのです。長男の時もそうでしたがお嫁 さんがよく話をする明るい方でした。娘の彼氏もよ くしゃべる方で会話が成り立ち安心しました。つま り、子供たちが話をしなくても義理の娘や息子とな る方が話をしてくれるので、親子の会話が成り立つ ことになったのです。まさに「万事好都合」でした。

★ 「祈りに始まり祈りに終わる」と言えば、今年を 締めくくるに当たって教化部では1 2 / 1 9 に「大 晦大祓( おおつごもりおおはらい) 」を行います。「 祓」の起源は神代の昔、伊邪那岐大神( いざなぎの おおかみ)が筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸(おど )の阿波岐原(あはぎはら)で、禊(みそぎ)祓いをし たことから始まります。国中の全ての罪穢れを祓う 祭儀を「大祓」と言い、太古より大祓は災害や疫病 などの災いがあるたびに行われてきたのです。平安 時代には、大内裏( だいだいり) の正面にあたる朱 雀門(すざくもん)に親王以下在京の百官が参集し、 大祓祝詞を奏上して、万民の罪穢れを祓ったと伝え られています。つまり私達日本民族は、悠久の昔か ら災害や疫病などの災いが起きるたびに、国を挙げ て大祓を行い国中の罪穢れを浄化して、国家の安泰 と国民の平安を祈ってきたということです。

★ 谷口雅春先生は昭和5 5 年1 2 月3 1 日の龍宮住 吉本宮における「大晦大祓」の中で、「にせものは皆 ふき祓へ大空の無きこそもとの姿なりけり」と祈ら れ、更に「虚妄をみな吹き祓って、実相完全の世界 を現すのが大祓であります」と、大祓の意義をお説 きになられました。つまり、私達が知らず知らずの うちに犯した罪穢れは、本来「完全円満なる実相」 を忘れた結果ですから、住吉大神の宇宙浄化のお働 きによって全ての人が〝本来罪無し〟の自覚を深め、 〝にせものの我〟を吹き祓うことで一人一人の実相 顕現はもとより、中心帰一・万物調和の実相世界を 地上に現していくのが生長の家の大祓だと言うこと です。平成2 6 年からは〝造化の三神〟もご顕斎さ れ龍宮住吉本宮で執り行われる大祓は、人類のみな らず有情非情を悉く祓い浄めて、神・自然・人間の 大調和した実相世界を顕現する更に荘厳なる御祭り となりました。「終わり良ければ全て良し」。コロ ナ禍で知らず知らずのうちに溜まった悪しき想念感 情を「人型」に移し、〝にせものの我〟を吹き祓って 今年1年を締めくくりましょう。

(T)

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