光のおとずれ 明るくはばたく 白鳩会 令和3年9月

白鳩会連合会長 佐々木トクエ


合掌 ありがとうございます。
皆様日頃より生長の家の運動にご尽力賜りましてありがとうございます。九州四国中国地方の豪雨災害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし一刻も早い捜索と復興を祈念致します。

早いもので、もう萩の花が美しく咲いてきましたね。皆様お元気ですか。9月は宮城県教化部落慶30周年記念行事が行われます。今の教化部会館、そして生長の家の運動が素晴らしくひき継がれてきましたのは数多くの先達・諸先輩の並々ならぬご尽力と、ご活躍があったればこそであり、それらの恩恵に、深く感謝申し上げます。この思いをさらに後世の信徒の方々に皆様と共に継承して参りたいと思います。

(『生命の實相』38巻33頁より抜粋)

はじめに精神科学や光明思想に救われなが ら、やがてそれに自分が救われなくなり落伍する人々が 多いのはなぜであろうか。ウィリアム・ジェイムズはそ の著『宗教的体験の種種相』の中に「最善の悔い改めは神の道を一心不乱に前進して、今までありし罪と自分と の関係についていっさいを忘れてしまうことである」と 言っているが、これらの光明思想の落伍者は、神の道に 一心不乱に突き進むことを忘れているのである。「彼らは光明思想に触れる。それによって引き上げられ、それ の与える恵福を満喫する。そしてただそれを受けるだけ で、周囲の人々にその恵福を頒ち与えることを忘れ、そしてそれゆえにそれを失ってしまう」とボールトン・ホ ール氏は言っている。真実確保しうるものはただ他に与えた部分だけであるのである。ある人が真理に対する理解を得たとする。そしてそれが自分の苦痛や、病気や、 不幸を解除することができたとしてもそれは大したことではないのである。自己の苦痛や悩みを救うだけに真理が使われるならば、それはただ、利己的目的だけにすぎない。利己的目的そのことが真理に反いているのであるから、やがてその真理は自殺状態に陥って自分自身をも救いえなくなるのである。真理は「私」してはならない のである。真理を知らされたということは、それを他の人々に伝えるために知らされたのだということを知らね ばならない。

と書かれております。
皆様と共に感謝行としまして、明るく楽しく元気よく「受けた真理の火」を次の人へと伝える人類光明化運動に励んで参りたいと思います。神・自然・人間の大調和を祈念致します。

感謝合掌

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