光のおとずれ 希望の泉 生教会 平成24年1月


生教会長会 佐々木

合掌、ありがとうございます。

平成23年という忘れられない、忘れてはいけない年 が無事に暮れ、新しい年平成24年が無事に訪れましたことを感謝致します。昨年の3月11日、私は受け持ちの二年生の女児と二人で教室にいるときにあの地震に遭いました。「震度七」の揺れが来たときは、「命に懸けて もこの子を守らなければいけない!」と思い「神様!大丈夫です!ありがとうございます。」と必死で祈っていました。幸い、私の住む栗原市では、幼・小・中・高の児童・生徒に重傷者はなく、市全体でも犠牲者ゼロという奇跡がありました。しかし、甚大な被害を受けた沿岸部には、 かつて同僚だった先生や友人もおり、心を痛めました。「自分たちも被災していて、今は何もできないけれど我慢することが最大の支援だ。」というのが私たちの市民の共通の想いでした。今でもまだ生活に不自由な面(インフラの復旧の遅れ等)がありますが、内陸部の人たちは「絆」を強めてがんばっています。

私もあの日以来、祈りをさらに深め、特に総裁先生の発表 された「自然と人間の大調和を観ずる祈り」と「新生日本の実現に邁進する祈り」は、毎日交代で実修しています。また、 「postingjoy」にも被災地の現状や人々の想いを発信したり、8月には宇治別格本山で行われた生教会の「教育学会」に参加し、 全国から集まった皆様にご支援と祈りに対する感謝を述べさせてもらうこともできました。今年はあの大震災からのメッセージを多くの人に伝えるとともに、 震災で実現できなかった新しい生命学園の開園をぜひ実現したいと思います。白鳩会、相愛会、 青年会の皆様のご協力をお願い致します。

さて、ここからは私の雑感でありますが・・・。最近テレビのCMで流れる「僕が僕であるために・・・」という曲を聞く度に考えることがあります。この曲は故尾崎豊さんの作詞・作曲によるものですが、CMでは流れない歌詞に次のような言葉があります。『正しいものは 何なのかそれがこの胸に解るまで』この歌詞が強く胸に響くのは、なぜでしょうか。私が中学生の頃(昭和50年代前半)は全国の中学が荒れ、校内暴力が問題となっていた時代でした。ちょうどその頃は、あの我が国でも大きな教職員組織の活動が最盛期だったことも あるのでしょうか。思春期の私たちも「大人や先生の言うことは信じられない!」と感じていたのを思い出します。「正しいものは何なのか?」これが生長の家に出会う心の向きを示してくれたのかなと今では思っています。 子供や青少年はその「正しいものは何か」 をちゃんと知っています。そしてそれを教えてくれる大人や先生を心から求めています。私たち生長の家の真理を伝授された者は、それを確実に伝える使命があると私は今、強く感じています。これからも神の子さんに神の御心をシッカリと伝えていきまし ょう。

再 拝

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