光のおとずれ 教化部長 平成25年1月


教化部長 髙坂 幸雄

新年のご挨拶


新年明けましておめでとうございます。

年頭に当たり、御皇室の弥栄と日本国の隆昌、併せて世界の平和を心からお祈り申し上げますと共に、幹部・会員、誌友・ 信徒の皆々様の益々の幸福を心からお祈り致します。

今年は愈々「森の中のオフィス」が完成する年です。総裁谷口雅宣先生は、年頭のご挨拶で、それは森の中へ本部事務所が移転するという事だ けではなく、天地一切のものと和解する「大調和の神示」の教えに回帰する宣言であるとお示し下さっておられます。

私は、昨年の暮れに家内と二人で昔から「西の太宰府・東の多賀城」 と言われきた国府、多賀城市にある「末の松山」に行ってきました。そこは、百人一首「ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すえの松山なみこさじとは」で有名な所です。そこに言い伝えられている話を紹介 します。

「昔、一軒の居酒屋に小佐冶という気だてのよい娘が働いていました。 あるとき猩々(しょうじょう=妖怪の一種)が現れ、酒を請いお礼に盃に鮮血を残していきました。この鮮血は唐紅で幾世代も色褪せないことから法外な値で売れました。欲の深い居酒屋の女房は猩々を殺してその血を全て搾り取ろうと画策します。その話を漏れ聞いた小佐冶がやってきた猩々を逃がそうとすると『たとえ命をとられても酒の味が忘れられない。自分が死んだら必ずや三日のうちに東方より真っ黒な大津波が押し寄せるだろう。そのときは西の末の松山へ逃げなさい』と言いました。女房の企み通り、猩々は殺されて血を奪われその骸は近くの小池に捨てられました。それから間もなく、猩々の言葉通り大津波がやってきました。あっという間に波に呑まれる八幡の町。忠告を思い出し、一目散に末の松山を目指して駈けた小佐冶は、間一髪難を逃れます。猩々の骸が捨てられた小池は『猩々ヶ池』と呼ばれています」

この話は、この度の大震災にも当てはまる話で、人類の欲望を満たす為に自然(猩々)から奪うことによって「奪うものは奪われる」という宇宙の法則によって多くのものを失った。しかし「生かすものは生かされる」 という法則もあるのだということでもあります。

総裁谷口雅宣先生は、ご著書「次世代の決断」の中で「大震災のメッ セージを聴く」と題して次のようにお説き下さっています。

「我々は自然の一部ですから、自然から搾取し、自然を酷使して破壊しておきながら、人間が幸福になるということはあり得ない。初めから矛盾している。ですから、私たちの運動が今向かっているように、自然 と共に人類が幸福になれる社会を、まず日本から実現していくのです」

自然を敵視した「欲望の充足による幸福」ではなく、すでに与えられている「自然の恵みに感謝する幸福」を拡大し、一切大調和の神の国を この世に実現致しましょう。

今年は10月20日(日)に2年に一度の総裁谷口雅宣先生・白鳩会総 裁谷口純子先生ご指導による講習会が開催される喜びの年であります。

「新しき年を迎うるにあたり、過去の御護りに感謝し奉るとともに、今後もまた神の御護りの篤からんことを希い奉り、神の御恩に報い奉らんがために、神から与えられたる使命に誠心をつくして邁進せんことを誓い奉 る」(真理の吟唱)
とありますように、今年も、神様から選ばれた霊の選士として、明るく、楽しく、愛深く、感謝して人類光明化運動・国際 平和信仰運動に力強く邁進致しましょう。

カテゴリー: 光のおとずれ, 教化部長   パーマリンク

光のおとずれ 教化部長 平成25年1月 への1件のコメント

  1. avatar 志村 宗春 より:

     髙坂 幸雄先生

     新年あけましておめでとうございます。

     志村 宗春拝

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

トラックバックURL:
http://www.sni-miyagi.or.jp/wp/wp-trackback.php?p=4826